第4話
ありがたいご高説を承った後、俺が「これから柊先生の手伝いをするつもりだ」と言うと、雨沢が「ボクも行く」と言い出した。
(コイツ……)
非社交的な人間の癖に俺しか知り合いのいないサマーキャンプに参加したり、朝食に誘ってきたり、興味もないのに面倒でしかないような手伝いに付き合おうとしてきたり……それに『出会い方』のこともある。
(もしかして、俺のこと――)
まあ、そんな勘違い男のような台詞、口が裂けても口にはしないが。合ってても外れてても恥ずかしいことになるし、最悪の場合、雨沢を傷付けることになる。切り出すにしても、もう少し様子を見てからでも遅くはないだろう。彼女とは、まだこれが数度目の顔合わせに過ぎないのだから。
午前十時、俺と雨沢は集合場所のペンション裏にやってきた。俺と同様、雨沢も学校指定のジャージに着替えている。
そこへ、少し遅れて大荷物を持った女性が姿を現す。
「おお、まさか二人も来てくれるとは! 嬉しいなー!」
長い髪を後ろで纏めてポニーテールにし、動きやすいスポーティーな服装をした彼女がこのサマーキャンプを引率する教師、柊先生だ。彼女は、とても三十路とは思えない若々しい笑顔でニコッと俺たちに笑いかける。
「それじゃあ、早速『祠』へ行こう。結構歩くからそのつもりでね。はい、荷物もって!」
柊先生からそれぞれ一つずつリュックサックを受け取り、俺たちは祠へ向けて出発した。
鬱蒼と生い茂る草葉を掻き分け、踏みしめ、踏み固め、足元に続くかぼそい獣道から外れぬよう慎重に進んでゆく。最低限の道は先導する柊先生が切り拓いてくれているため、後に続く俺と雨沢はいくらか楽に進むことができた。
十五分ほど行ったところで、柊先生が「ここらで一度休憩しましょう」と足を止めた。俺にはまだ余裕があったが、後ろの雨沢は少しつらそうだったので、小休止を入れるには良い頃合いだろう。
「ねぇ、暑くない? 風、吹かせてあげよっか」
唐突に柊先生がそんなことを言い出した。
「風ですか?」
「うん。教師はね、生徒と違って異能の使用に融通が効くのよ?」
柊先生が手を動かすと、まるでエアコンから吹き出てくるような人工的な香りのする冷風が俺の顔を撫でていった。空気か風を操る異能だろうか? これが結構涼しい。
「……はい、おしまい!」
しかし、心地よかった冷風はすぐに打ち切られてしまう。これでは少々物足りない。
「そんなに長いことやったら疲れちゃうから。まだ全然歩くし。でも、気分転換にはなったでしょう?」
「正直、逆効果ですよ。むしろ、エアコンが恋しくなりました」
「えー、せっかくやってあげたのに。そういうこと言う~?」
柊先生は楽しそうにケラケラと笑った。彼女と話すのはこのサマーキャンプが初めてだが、随分と生徒との距離が近いタイプらしい。こういう軽口で怒る教員もいるから、そういう絡みづらい相手でなくて良かったと素直に思った。
その時、柊先生の視線が少し下がる。
「気になる? その――首輪」
言われてから気付いたが、俺は無意識的に首元の電子首輪を触っていたようだった。
「まあ、はい」
「雨沢さんも、そうでしょ?」
柊先生が俺の後ろへ向かって訊ねると、雨沢も首輪を触りながらコクリと頷いた。
俺たち生徒は全員異能者なので、もれなく電子首輪をはめている。この首輪には
首輪による『異能のロック』は、柊先生が所持しているタブレットでON/OFFを切り替える仕様だ。
「やっぱ気になっちゃうよね。でもさぁ、学校行事中に『異能事件』なんて起きたら大問題じゃん? アメリカじゃないんだしさ」
異能事件とは、その名の通り異能を用いた事件の総称だ。
しかし、ニュースなどではもっぱら『異能を用いた無差別殺人』を指して使われる。
日本では許可なき使用を制限されている異能だが、外国アメリカでは修正第二条を根拠に自由な使用を求める声が根強い。それは過去、異能者に対して行われた非人道的な実験なども世論に影響を与えているのだろう。
「確かに首輪は気になります。しかし、異能は一個人には過ぎた力ですから、使用を制限したり、管理するのは理にかなっていると思いますよ。銃と一緒です。……アメリカは異能も銃も野放しですけど」
「私はそんな国には絶対住みたくないけど、アメリカ人は違うのかなぁ。普通に怖くない?」
俺の異能――〔
雨沢の体力が回復した頃を見計らい、俺たちは歩みを再開した。
途中、俺は「荷物を持ってやろうか」と雨沢に聞いたが、彼女は「いい……」と固辞した。意地を張ってるのか何なのか。
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