第8話

 サニアがリーダー、仲間からは隊長と呼ばれていた男が持っていた密書らしき手紙を確認してみたところ、それはまさしく密書であった。


「本来であれば私の首と一緒に叔父上配下の誰かに渡されるはずだったのだろうよ。急進派として知られるイーヤの有力貴族の名が書かれている。

 それにしても自分たちは子飼いの貴族の名だけしか書いていないのに、『イラフ様によろしく』と結んでいるあたり、叔父上は随分と舐められているようだな」


 いくら有力とはいえ、一介の貴族が他国のお家騒動に食い込めるとは思えない。その後ろにはイーヤの王族か、もしくはイーヤ王国そのものが控えていると考えるべきだろう。


「向こうの筋書きとしてはイラフ様の後ろ盾として我が国に介入した後、陛下やサニア様の殺害を理由に処断して併合か属国化する、というところでしょうか?」


 わざわざその名を記しているのは、場合によってはこの密書もその証拠品の一つとするためだろう。


「恐らくはな。だがそうなると、父上に盛られた毒はイーヤから供されたものである可能性が高いか……」

「はい。そして解毒剤の話も我らに対して意図的に流されたものでしょう」

「罠かもしれぬと思ってはいたが、まんまと嵌められたということか」


 そもそも国内であるとはいえ、彼女らがこんな辺鄙な場所にいたのは国王の病気――と表向きにはされている――を直す特効薬の元となる薬草があるという情報を入手したためだ。サニアの言った通り罠かもしれないとは思いながらも、秘密裏に二人だけで王都を飛び出してきたのだった。

 一方、苦々しい顔つきの二人の側でジクウは居心地悪い思いをしていた。なぜなら、


「えっと……、さっきもそうだったけれど二人とも結構重要な、というか素性が分かるようなことを口にしていることに気が付いている?」


 ということだったからである。が、


「何を今更。それ以前に私たちの素性など新世界の神々の力で知っていたのだろう」


 と言い返されてしまった。


「……まあそうなんだけど、そこはやっぱり本人から言われないことには知らないふりを通すしかない訳で」

「そうなのか?それでは私はサンディー・ウィクル。この国の王女で次期国王候補の一人だ。改めてよろしく頼む」

「私はマディン・カシューです。サニア様、いやサンディー様の配下で護衛を務めております。改めてお見知りおきを」


 それでも食い下がるジクウだったが、二人から自己紹介されて「あ、よろしく」と返してしまうのだった。



〇〇△△□□〇〇△△□□〇〇△△□□〇〇△△□□〇〇△△□□



「そういえば、捕まえた連中はどうなっているのだ?」

「あの人たちなら今頃は腹いっぱいに飯を食い過ぎて動けなくなっていると思うよ」


 昼食の準備――幌車に積まれている大きな木箱から弁当と水筒を取りだすだけの簡単なお仕事です――をしながらジクウが答える。

 あの後、移動しながらでも話はできるとサニア改めサンディーとマディンの二人を幌車に押し込んで王都へと急いでいたのだが、昼食くらいは落ち着いて食べようということになったのだった。

 キャンプ用のテーブルの中央にはパラソルが差されていて、涼やかな日陰を作りだしている。


「新世界の食事は抗えない魔力のようなものがありますから、ここ数日森の中に潜んで碌な物を食べていなかった彼らであればそうなっていても不思議ではありませんな」


 マディンの補足の言葉に深く頷くサンディー。彼女自身苦しくなるほどではないにしても、昨日の夜はついつい食べ過ぎてしまっていた。

 普段から質の高い食事を取っていた王族である彼女をもってしてもそうなのだから、裏稼業をも兼任する襲撃者たちなどはひとたまりもなかっただろう。

 大きくなった腹を抱えてうんうん唸っている様をありありと思い浮かべてしまい、つい吹き出しそうになってしまった。


「どうかなさいましたか?」


 しかし、突如一変して険しい顔つきになったサンディーにマディンが問いかける。


「あの者たちの処遇も考えなくてはいけないことに思い至ってな……」

「某という貴族の私兵であればまだしも兵士の身分を持っているとなると、彼らの行方を探すという口実でイーヤの捜索隊が押し入って来るということも考えられますか」

「そこまでなりふり構わない行動に出るとは思えないが、絶対にないと言い切れない以上考慮しておく必要はあるだろうな」

「あの密書を証拠にウィクルとして正式に処罰することはできないのか?」


 厄介事が増えて気落ちする二人に今度はジクウが尋ねた。


「それは完全な悪手だ。密書にあの者たちと、どちらも知らぬ存ぜぬを通してくれればまだいい方で、重大な挑発行為だとイーヤの連中に嬉々としてこちらに軍を進めてくる口実を与えるようなものだ」

「つまりイーヤとしては成功しても失敗しても利になる様に動いている、ということ?」

「策とはそういうものだ。もっとも失敗すると次に打てる手の幅が狭くなったり、難度が上がったりするから成功するに越したことはないがな」


 サンディーの解説にジクウは心底嫌そうな表情で「うへえ」と呻いていた。


「まあ、せめて昼飯くらいは和やかに食べようか」


 と思ったら一転、明るい声でそう言い放つ。鋼メンタルの面目躍如といった所か。

 サンディーたちも笑顔で目の前のお弁当に向き直る。なんといっても〈宿屋しんせかい〉謹製のお弁当なのだ、期待するなという方が無理というものである。


「おお!」

「これは……!」


 蓋を開けた途端、二人から驚きの声が上がる。その中身はジクウにはお馴染みの幕の内弁当であった。

 決して高級とはいえない、精々ちょっとだけ豪華といった代物だが第一印象はサンディーたちには好評なようである。


「ふおおお……!」


 何だかサンディーだけ様子がおかしい。女性のお弁当を覗き込むなんて失礼かな、とは思いながらも気になって見てしまった。

 それは海苔やハムなどでキャラ弁風に仕上げられていて、更におかずのそれぞれの間には犬や猫、兎といった動物型の仕切りが置かれていたのだった。


「うわぁ……」


 やけにファンシーなお弁当に思わず引き気味な声が漏れてしまったが、幸いなことに彼女には聞こえていなかったようだ。

 そしてそんなサンディーのお弁当を見て、マディンが羨ましそうな顔をしているような気もしたが、面倒なことになりそうなので触れないでおくことにする。


 自分の弁当に向き直り「いただきます」と小声で言ってから箸を付ける。だし巻き卵の塩加減もご飯の真ん中におかれた梅干しの酸味も丁度いい。

 恐らくはサンディーとマディンの弁当もそれぞれの好みの味付けに仕上げられていることだろう。

 神々の力の無駄遣いな気がしないでもないが、これも女性陣の心遣いだと好意的に捉えておくことにした。


 しかし、穏やかな空気の中で和気あいあいとした昼食を取るジクウ達から少し視線をずらしたところでは、神獣たちが口の周りを赤く染めながらこちらも食事に興じている。いつの間にか狩りをしていたようだ。

 そしてジクウに毒されてしまったのか、サンディーにマディンもそんな神獣たちの様子を全く気にしてはいない。

 スプラッターとまではいかないが、はたから見ると相当シュールな昼の一時であった。



〇〇△△□□〇〇△△□□〇〇△△□□〇〇△△□□〇〇△△□□



「それで、この後の予定についてなんだけれど……」


 食後のお茶の準備――幌車に積まれている大きな木箱からティーセットを取りだすだけの簡単なお仕事です――をしながらジクウが口を開いた。


「どういうことだ?」

「普通に行けば王都まで馬車でも数日はかかるけれど、この子たちなら一日で着くことができるんだ。で、二人としてはどうしたい?ゆっくり行きたいと言うことなら、箱車はもちろん、幌車の方にいても快適安全な旅を約束するよ」

「その提案にはとても心惹かれるものがあるが、今は叔父上、いやイラフに父上の命を握られているにも等しい状態だ。なるべく早く王都へと戻りたい」


 彼の問いにサンディーは切羽詰まった声と表情でそう答えていたが、その手は三杯目のお茶を自身のカップに注いでいた。


「了解。それじゃあ王都に着いたら呼ぶから、それまでは箱車の中でじっくりと作戦を練っていてくれ」

「手間をかけるが、よろしく頼む」


 きっちりと五杯目を飲み干した後で、焼き菓子が盛り合わせられた小皿を手に二人は箱車の中へと入っていった。

 本当に急いでいるのか?と疑問になる光景ではあるが、それだけ新世界の食べ物の虜になっているということなのだろう。

 多分。


「それじゃあ俺もそろそろ行くとするかな」


 オウとセイの竜コンビが力強い足取りで徐々にスピードを上げ始めると、ジクウはそう言って幌車の中に入っていった。

 既にかなりの高速になっているはずなのだが、歩くのには全く支障がない。車の性能だけでなく、ゲンが結界を張って風を抑えてくれているお陰だ。


「ちょっと新世界の様子を見てくるから、こっちのことは頼んだ。何かあったら連絡してくれな」

「ニャー」


 ジクウの代わりに御者台に陣取った子猫形態のハクが神獣たちを代表して答えた。

 それを背中で聞きながらゲートを造りだす。ジクウの作るゲートは新世界とこの世界の一点を繋ぐものであり、本来は動かない場所でしか開くことはできない。

 しかしこの幌車は――箱車も同様――新世界の神々によって造られたものであるためか、その中は半分新世界とでもいうべき状態となっていた。

 その副次効果によって、なんと車の中であれば移動中であってもゲートを開くことができるという何とも便利な機能が追加されていたのだった。


 そのため、ジクウがやろうと思えば新世界の自室に居ながらにしてこの世界の各地を回ることもできたりするのだが、神獣たち、つまりは子どもたちだけを働かせる様な真似はできないと基本的にはジクウがこちらの世界にいる時にだけ移動するようにしている。


「夕方までには帰るから。後は任せたぞー」


 何とも軽く言い残して、ジクウはゲートを潜る。そして一拍の後には見慣れた新世界の景色の中に立っていた。


「しまった!俺一人なんだから入り口前に繋げれば良かったんだった!」


 そのことに気が付いたのは、いつもの癖で〈宿屋しんせかい〉から百数十メートルの場所に出てしまった後のことだった。たかが百数十メートルだが、運動不足の身には果てしなく長い旅路のように感じられていた。

 足取り重く入口へと向かいながら、ジクウは「めんどくせえ……」と愚痴り続ける。それが心身ともに余計な疲労を積み上げていることには思考が及ばないままに……。


 追記。その日、ウィクル王国のある街道沿いの村や町では恐ろしいほどの高速で通過していく謎の車が多数目撃された。

 その後、この話は尾びれに背びれ、胸びれに腹びれまで付いて、ついには死者を運ぶ悪魔の車としてこの地方の怪談話の一つとして定着していくことになるのであった。

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