第7話

「まさかあの子どもたちが神獣たちだったとは……。想像もしていなかったぞ」


 やっとのことでサニアが落ち着きを取り戻したのは、神獣の姿に戻った子どもたちが襲撃者を追い払い、彼らが落として行った物をあらかた拾い終えた頃になってのことだった。


「まあ、こっちにも色々と手札があるってことさ」


 結界の周りに散らばっていた矢を拾っては、その痛み具合に応じて分類していたジクウがこともなさげにそう答える。

 矢は消耗品であるため質の良い物は高値で売ることができる。こちらの世界の金を得るための手っ取り早い手段として使えるので拾っておいて損はない。


「そんなことをしなくても新世界の物を売ればいいのではないか?」


 片手間に答えられたのが不服だったのか、少々不機嫌な声で尋ねてくる。


「それができれば苦労はなかったんだけどな」

「どういうことだ?」


 苦笑するジクウに怪訝な顔を向けるサニア。


「サニア様、異世界であるためか新世界の物となると、どれもこれも質が良すぎてしまうのです。王都などの大きな街であればともかく、街道沿いにある小さな村や宿場町では換金することができないでしょう」

「マディンさん、正解。昔ある村に持ち込んだ時に「こんな高価な物を買ったら村が破産する!」って言われたことがあったよ……」

「たとえ破産しなくても珍しい物があると盗賊たちに狙われるということも考えられます。あちらの物を軽々しく我らの世界へ持ち込むのは危険だといえるでしょう」


 マディンの説明に、サニアも「なるほど」と納得して深く頷いていた。

 しかし二人とも自分たちが新世界から持って帰ってきた大量の土産については、そうした危険な品であるという認識の外になっているのか一切触れようとはしていない。

 まあ、九割方が食べ物だったので狙われる以前に二人のお腹の中へ消え失せてしまう可能性の方が高いと思われるのだが。


 ジクウがまだ使えそうな矢を束ね終えるのとほぼ同時に、森の中から普通の動物に似た姿となったオウたち神獣五体が戻って来た。

 その口や足にはそれぞれ襲撃者の物と思わしき品を持っていた。


「これほど大振りな長弓となると、イーヤで作られたものとみて間違いないでしょう」

「しかしそれだけで彼の国が関わっていると立証することは難しいだろうな」

「はい。もしもこちらの手に落ちたとしても、そこから足が付かないように無名の品であると思われます」


 セイの手にした長弓を見てサニアたちはそう推察していた。


「どれどれ……。確かにどこにも何も書いていないな。暗殺には失敗しても身元がばれるほど間が抜けてはいないってことか。他の皆は何を拾ってきたんだ?」


 ジクウが言うと、神獣たちが持ってきた物を次々に差し出してくる。


「野営道具に……、こちらは短弓か」

「はあ、ダメだなこれは。所属が分かる身分証明だとか、誰と誰が繋がっているのかが分かる密書みたいな物が落ちていないものかな」

「そんなものを落とすような奴を他国に送り込むようなことはしないだろう」


 ぼやくジクウにサニアが呆れたように言う。しかし、マディンは何かが思い付きそうなのか、考え込んでしまった。


「確かに落とすことはしないでしょうが……、イラフ様と関係を持っているのであれば密書かそれに類する物を持っていてもおかしくはないかと」

「確かに私を殺すことができたならば、叔父上殿に恩を着せることができるか」

「はい。その点からいえば、彼らの身分を証明する何らかの品を持っていることもあり得ます」

「……いや、それはないだろう」

「え?どうして?」


 マディンの推論をきっぱり否定するサニアにジクウが疑問の声を上げる。彼女がそう考えた理由以上に、それまで唯唯諾諾とまではいわないとしてもそれなりに進言に従っていたのに、はっきりと否定したことが気にかかったのである。


「介入の確たる証拠となってしまうからだ。叔父上からすれば手柄を横取りした上、実行犯である奴らを処罰する絶好の理由になるだろう。だからリーダーか副官あたりが顔見知りだというのが妥当な線であろうよ」

「ほほう、なるほどなるほど。暗躍するのにも色々と頭を使う必要がある訳か」


 その説明に感心したように深く頷く。ある程度は予想していたが、やはりこの王女様はかなり優秀であるようだ。

 次期国王候補として家臣たちに祭り上げられていたのも、ただ単に正妻の子であるというだけではなさそうである。


「暗躍だからこそ頭を使わなくてはいけないのだろうさ」


 当のサニアは苦虫をかみつぶしたような顔だ。他国の介入が起きていることがほぼ確定したのだから、彼女からしてみれば腹立たしくも情けない、そういった心境であるのだろう。


「話は戻るけれど、身分を証明するようなものはなくても、密書っぽいものは持っているのかな?」

「確実とはいえないが、その可能性は高いだろう」

「ふむふむ。そうかそうか」


 何やら思いついたのか、ニタリとした笑みを浮かべるジクウにサニアが訝しげな視線を向ける。


「性質の悪いことでも考えているのではあるまいな?」

「現状の打開策を考えていただけなのに酷い言われようだなあ……」

「そのくらいお前のやることは私たちにとって奇想天外なのだということだ。……それで、何を思いついたのだ?」

「ああ、さっきの連中を捕まえて密書を奪おうかな、と。まあ、元々捕まえるつもりだったんだけど、これでそれなりに大義名分が立つな」

「…………」

「…………」


 軽く言うジクウに二人が絶句する。奇想天外どころか空前絶後と言った方が適切だったかもしれない。それほどジクウの思考はぶっとんでいた。

 しかし冷静になってくると、その言葉もそれほど難しくはないように思われるようになった。

 攻撃を通さない強力な結界に連中を呆気なく追い払った神獣たちの力と、難しくはないどころか楽勝かもしれない。


「サニア様――」

「言うな。残念ながら私も同じ答えに行き当たった所だ」


 頭痛を和らげるかのようにこめかみを揉みほぐす。

 本当にやるとせっかく追い払った連中に居場所を教えることになるので我慢しているが、思わず昨日まで自分たちが必死になって逃げ回っていたのは何だったのかと叫びたくなるほどの理不尽な強さだ。


「それで、捕まえた後はどうするつもりなのだ?」

「とりあえずは新世界に来てもらって持ち物検査かな。それで密書が出てくれば良し。出てこなかったら、色々と話でもしてもらおうか」

「尋問すると?」

「まさか!俺にそんな技能はないよ。だけど、ゆっくり風呂に浸かって美味い飯を食えば気分も良くなって口も軽くなるってものでしょ」


 自信満々なジクウの言葉になるほどと納得する。自分たちも一晩だけだったので詳しい事情を話す誘惑には何とか耐えられたが、あの生活が何日も続いていくとなると胸の内を吐露していた公算が高い。

 あの国の表と裏の両面に渡って活動する彼らであっても耐えられはしないだろう。サニアは彼らの行く先に同情を禁じ得ないのであった。


「さて、そういうことだから一仕事してくるかな。二人はどうする?箱車の方で休憩していてもいいし、結界は張っておくから幌車の方でゆっくり景色を見ていてもいいぞ」

「街道沿いの様子も見ておかなくてはいけないから、幌車の方に居させてもらおう」

「そうか。それじゃあマディンさん、悪いけれど御者役をやってもらっていても構いませんか?勝手に進みますから指示を出す必要はありませんから」

「分かった。言うまでもないような気もするが、ジクウ君も用心だけはするようにな」

「了解。オウは一人になるけど頑張って引いてくれ。ゲンは結界をよろしく。セイ、ハク、行くよ。シュウは道案内を頼むぞ」


 神獣たち一体ずつにそれぞれ声をかけてからジクウは森へと入っていった。

 が、すぐに飛び出してくる。


「どうしたのだ?」

「枝が茂り過ぎていて通れなかった……。後、虫多過ぎ」


 言われて見てみると、陽気に合わせてあるのかジクウの格好は薄手のシャツとズボンに、これまた薄手のジャケットを羽織っただけだ。とてもではないが森に入れる服装ではない。

 更に森の方も街道沿いにあるとはいっても手付かずの原生林に近いものである。現代日本育ちには厳しいものがあったということか。


 それでもめげずに森の中に突入しようとする態度はなかなかのものである。ごそごそと幌車の中で厚手で丈夫そうな服を着こんでいるようだ。

 まあ単にあれだけ意気揚々と号令をかけた手前、引くに引けなくなっているだけなのかもしれないが。


「そ、それじゃあ改めて行ってくる」


 鋼メンタルの彼であっても今回のことはダメージが大きかったのか、立ち直りが遅いように見受けられる。若干気恥ずかしそうに告げて、ジクウは再び森の中へと入っていった。

 服だけではなく、帽子に手袋、ゴーグルといった完全装備で。

 大袈裟と笑うなかれ。ここは異世界の森、用心するに越したことはないのである。


「変な男だな」


 しかし、サニアたちにはそう印象付けてしまったようだ。うららかな日差しの、少し動けば汗ばんでくるような陽気の中で冬山に挑むような格好をしていたのだから仕方のない話ではある。

 天谷時空、加減を知らない極端な男であった。


 出発こそ手間取ったものの、その後の展開は早かった。主に神獣たちの活躍によるものだろう、ジクウが森に入ってからものの数分ほどで襲撃者たちは一網打尽となったのであった。

 その際、森の中から「あんぎゃああ!」だの「ぬにょわああ!」だの、果ては「んほおおおう!」だのという悲鳴にならない悲鳴が上がっていたのだが、サニアたちは一切聞こえないふりをしていた。


 そして約一時間後、ジクウと三体の神獣たちは何事もなかったかのように平然とした顔で戻ってきたのだった。


「ただいま。マディンさんの見立て通り、リーダー格の人が密書らしき物を持っていたよ」


 とてもではないが重要な証拠品を扱っているような態度ではない。


「その気になれば両国の関係者に相当な金額を吹っ掛けることもできるというのに……」

「ああ、うん。そうなんだろうけれど、金に困っている訳じゃないから。それに悪どいことばかり考えている様な腹黒い連中を相手に交渉とかしたくないしなあ」

「ふむ。それもそうか。下手をすれば逆にこちらがむしり取られることになる。関わらないでいるのが最善ということだな」


 自分はもう無理だが、このおかしくも気の良い男にはそうした騙し騙される世界とは無縁でいてもらいたいように思う。


「あのさあ、余計なお世話かもしれないけれど、そんな連中に合わせようとするから疲れるんだよ。今まではどうだったのかは知らないけれど、少なくとも今はこっちが重要なカードを持っているんだ。あんたのペースに引きずり込んでやればいい」

「本当に余計なお世話だな。それにそう簡単にこちらのやり方を通せるはずもないだろう」

「そんなことはないさ。嫌なら交渉の場から退席してもらえばいいだけだ。難しく考え過ぎ」


 交渉の場、つまりは権力の座からは引退して頂くということだ。実際にそれができるだけのカードがこちらには揃っている。


「ジクウが簡単に考え過ぎているだけの気もするが……。本当にそれができると思っているのか?」

「もちろん。それにどうせ今回は最終的に表舞台から退去してもらうことになるんだから強気で押せばいいさ」


 既にジクウの中ではサニアの勝利は揺るぎのないものとなっていた。後は相手をどれだけきっちりと追い詰めることができるのかということだけだ。

 成り行きで関わり始めたことだが、放っておけば最悪ウィクル、マスン、イーヤの三国にその周辺国を巻き込んだ戦争に発展するかもしれない問題である。

 優雅で快適な異世界旅行――と〈宿屋しんせかい〉への客引き――のためにも危険な火種はしっかりと消し去っておこうと心に誓うジクウなのであった。

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