第6話

「御園!今日こそは!」

「却下」

「なんでだよ!!」

それ以降、ゆうちゃんにはLINEで、坂口くんには教室で『バスケやろう!』と言われまくる日々が続いた。

「球技大会での私のプレー見ました?」

「見たよ!見て、すげー!って思ったから頼み込んでんだよ!」

「それは、いつも窓辺で読書しかしてないような影のうっっっすい女子がちょっとバスケやってみたのが意外ってだけでしょ」

「ちげーよ!普通に上手いんだって!」

(はぁ……なんでこんなに諦めが悪いんだろう……)

周りがほぼバスケ未経験者で、ちょっとたまたま調子がよかっただけだというのに。

『ミナちゃん、すっごい上手なのに勿体ないよ!やりなよ、バスケ!』

『やりません』

『なーんーでー!』

謎の生き物が顔を真っ赤にして怒るスタンプが送られてきた。

(ゆうちゃん……凛々しい王子様なんて、面影もないけど大丈夫か……?)

坂口くんとゆうちゃんの諦めの悪さに溜め息が出る。

それだけじゃない。体育のバスケ。その時はさらに先生まで追い打ちをかけてくる。

「御園、手本を見せてやってくれ」

「……見学してるんですけど」

「体調不良でもハンドリングくらいできるだろ」

「……体調不良の人間に何やらせるんですか……先生だってできるでしょう……」

仕方ないので手本だけやってコートの隅でレポートを書くようになった。

こうして、私はなぜか_______本当に不本意ながら、なぜか_______ボールに触れる機会が増えるようになってしまった。


「私、くじ運悪すぎる」

「いーじゃんか!体育館掃除!オレと一緒に!」

新しい掃除場所はくじ引きで決まった。場所は奇しくも体育館。そして、坂口くんと一緒。

「……はぁ……」

「なんだよ」

「いや、うん、なんでもない……」

(モップがけとかよくやったな……ハーフタイムの時に誰がやるかでよく揉めたっけ……)

「……モップは木目に沿ってかける」

「え」

「じゃないと意味ない。そこ、やり直し」

「ま……じで?は?え、そんなルールあんの?」

「ルールとかそれ以前の問題でしょ」

「お前……ほんと、強いチームにいたんだな……」

坂口くんがUターンをしてやってくる。

「いただけ、だよ。別に強いチームに属してる人間が皆上手いわけじゃない」

ゆうちゃんは上手だったけど、数ヶ月遅れで入っただけのはずなのに私は。

「オレは上手いと思うけどな」

「……比較的でしょ。そりゃ少し齧ってれば周りより頭一つ分くらいは抜き出ますよ。でも、それだけ」

「齧るって程度じゃないだろ……何年くらいやってたんだ」

「……5年と、3年」

「はぁ!?」

坂口くんの声が体育館に響いた。

「5年と3年……8年ってこと?」

「ぶっ通しでやってたわけじゃないよ。6年の時はやってなかったし」

「なんで」

「それは……」

言いたくない。凄く、嫌だ。第一、言ったところでこの人に何がわかる?誰も悪くない。私が下手だっただけ。それなのに。

「……嫌いになったから」

「何を?」

「バスケを。中学の3年間は内申書のためにやってただけ。本当はもう、コートにも立ちたくなかった」

「理由……とか、聞いていいやつ?」

「…………消えろって。そう言われたから。言われたままに消えたんだよ。あんたがいないほうが試合が上手く回る、あんたさえいなければ優勝できた。あんたさえ消えてくれればって。当時の副キャプテン?に」

苦しい。息ができない。でも、吐き出さないと辛いだけだ。

「彼女……さ、結構金持ちだったんだよね。彼女の言うことは絶対だった。だから、つまり、彼女の『消えろ』は首に手をかけられたも同然だったんだよ。その時はたまたまゆ……リン様は選抜に行ってて……頼れるのはコーチだけだったんだけど……コーチすらもあの子を味方した。……まぁ、実際私は下手だったし、肩書きも何もないヒラだったから首が飛ぶくらいどうってことなかったわけ」

体育館が不気味な程に静かに静まり返った。

「……で、私はそのまま辞めた。リン様……にも何も言わずに辞めちゃったから、散々責められた。なんで辞めたの、私を1人にする気、絶対絶対許さない、戻ってきてもらうからって……でも、その時は来なかった」

「御園……もう……」

「中学に入って、その子と分かれてから、もう一度バスケをやった。でもあの頃みたいには動けなかった。当然だよ、1年もまともに走ってないし、ボールも触ってない。そんな私が上手く動けるわけがないんだから」

馬鹿だな、と思う。バスケなんてやる必要なかった。あんなに下手なら、他の競技を一から始めた方がマシだった。

「リン様は優しいから、ずっと私とやるって言ってくれてた。でも、顧問の先生は……ほら、私、足遅いからさ。私を下げて、身体能力の高い子を採用した。まぁ当然よね」

辞めなければよかったと何度も後悔した。あの時、土下座してでも頼み込めばよかったと。でも、そんな勇気もなかった。ゆうちゃんのいないチーム内では私は非力で、無能で、誰も手を差し伸べてはくれなかったから。

「だから、もうバスケはやらないと決めた。だって、誰にも求められてないのにやる必要なんてないでしょ。コーチも副キャプテンも先生も誰も求めてない。コートに私の居場所なんてない。じゃあなぜボールに触れなきゃならないの?ツラい練習をこなしてまで、どうしてしがみついていないといけないの?誰も求めてないなら、消えてしまえと言われるくらいなら、最初からいなければよかった。だから、高校ではバスケ部だけは入らないって決めてたんだ」

坂口くんは黙りこくっている。そりゃそうか。こんな重い話をほぼ話したことない人間にされたら、黙るしかない。

「……てことで、掃除しようか。チャイムなる前に早くモップかけないと」

「リン様に」

「え?」

「お前は、リン様に求められてるじゃないか」

(リン様……?ゆうちゃんのこと?)

「リン様は……神門結依だけは、お前を見捨てなかった。同情なんかじゃなく、実力を認めていたから。そうじゃないのか?」

「違うって。それは昔のよしみで」

「ならなぜ、そこまで固執したんだ。戻って来いって、お前とじゃなきゃ嫌だって、なんでそんなに」

「ゆうちゃんは優しいんだよ。いつだって、皆を気遣うんだ。試合中だって、誰も責めない。優しいから。ただそれだけ」

「ならなんで、球技大会の映像をせがんだと思う!?」

(球技大会……?映像……?)

「はるちゃん……って、もしかして」

「オレは、坂口悠人。神門結依と小学校が同じだった」

「え……勝手に撮ってたってこと!?」

「それに関しては申し訳ないと思ってる。でも!神門結依がここまで固執するのは、お前くらいなんだぞ。オレもミニバスくらいやってたよ。オレのとこは弱小チームだったけど、会場でお前と結依のプレーを何度見たことか」

(……そっか。ゆうちゃんの友達だったんだ……)

でも、それなら尚更だ。

「見てたならわかるでしょ。私は下手なの」

「上手かった」

「……え?」

「すげー上手かったよ。結依との相性がここまで合うやつは中々いない」

「そ……んなこと、ない。ゆうちゃんが合わせてくれてただけで」

「結依がそれだけでお前を選ぶと思うか?」

ゆうちゃんは優しい。ただ、ほぼ同期だからってだけで、私と一緒にやると言ってくれた。私は上手くないから、何度だってゆうちゃんの足を引っ張った。だから消えろとあの子に言われたわけだし。

「……結依、お前が抜けた後、めちゃくちゃ荒れてたんだからな」

「嘘」

「嘘じゃねぇよ。ほら見てみろ」

坂口くんが差し出したスマホを見る。そこには小さい頃のゆうちゃんの姿があった。

『なんでそっち行くの!』『違う!あーーーもう!』『もらいに来てよ!!!』

「ゆうちゃん……」

こんなにイラついているゆうちゃんは見たことがない。私の知ってるゆうちゃんは、優しくて、いつも「大丈夫だよ」って言ってくれて。それで。

『……ミナちゃん……なんで辞めちゃったの……私があの日、選抜の練習行かなかったら、ミナちゃんは…………』『もう、辞めたい……ミナちゃんがいないと、頑張れないよ』『ミナちゃん……会いたいよ……』

カメラの前ですすり泣くゆうちゃん。

「……ごめんね、ゆうちゃん」

ゆうちゃんを1人にしちゃって、ごめん。

つらいのは、私だけじゃなかった。もうやめたいって、こんな場所にいたくないって、先に逃げてごめん。

「……御園、バスケやろうぜ」

「うん。やろう」

私は再び、ボールを掴んだ。

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