第2話
体育館にボールの音が響く。
バスケの日は必ずと言っていいほど、見学している。おかげさまでレポートは完璧なので誰も文句は言わない。
「うわっ、惜しい〜」
(惜しいわけない。あんな曲がったシュートフォームじゃ入るわけないじゃん。大体力が入りすぎなんだよ。もっと力を入れないで優しく……)
そんなことを考えてしまって首を振る。
(私が文句を言える立場じゃない。もう二度とやらないって決めたんだ)
「あっ、水波危ないっ!」
「え……うわっ」
咄嗟に飛んできたボールをキャッチしてしまった。
「大丈夫?」
「うん。全然……平気……」
(やっぱり弱いな……ゆうちゃんのボールに比べたら全然……)
ゆうちゃんは凄かった。昔から凄かった。私が隣に立っていてはいけないんだってずっと思っていた。
私は元々運動が苦手だし、できるものと言ったら少し習っていた水泳くらい。バスケも……やってたけど、下手だったし。
『_______消えて』
(あんなこと言われるくらい、だもんなぁ……)
チャイムが鳴って片付けが始まる。私はゆっくりと立ち上がって整列した。
そして、事件は怒った。
「……なんで」
球技大会の種目決め。私が欠席している間に決まってしまったらしい。
「なんでって……御園さん、リン様とバスケしたことあるんでしょ?」
「いや、でも、上手い人と一緒にやってたから上手いってわけじゃ……」
「リン様とパスとかしてたんでしょ!?」
「してたけど……でも、私下手だし」
もう二度とやりたくないんだけど。
そんなことを言う暇もなく「はい決まりね!」と気圧されてしまった。
(……やだなあ……サボっちゃおうかな……)
「御園さん、期待してるからね!」
クラスのムードメーカの女の子に言われてはどうしようもない。
「……そこまで期待しないでね」
(……まぁ、球技大会だし……そんなにそんなに本気にならなくてもいいなら)
そう思いながら、私は渋々肯定してしまった。
「お互いに礼!」
「お願いします」
ジャンプボールから始まった試合。当たり前だけど、男女別。
(……だけど……)
思ってしまう。ゆうちゃんがいたらなぁ……ゆうちゃんだったら、もっと……
「……はぁ」
ここにゆうちゃんはいない。私が回すしか、ない。
「はい!」
ボールを貰ってそのまま打つ。
一発目はスリーポイントシュート。遠距離は昔から得意だった。
(……入った……)
まさか入るなんて。もう何年もボールを触ってないのに。
「……え」
相手のドリブルをカットする。そのままレイアップシュート。
(……遅いな)
ゆうちゃんだったらもっと速い。ゆうちゃんはプロでも通用するほどの速さだった。県の選抜メンバーのキャプテンだったほど。
(ゆうちゃんみたく、頑張らないと。ゆうちゃんみたいに……)
「……御園さん……凄い……」「1人でもう30点目だぞ……」「しかもその半分、スリーだし……」「どんだけ取るんだ!?」
(ラスト5秒。4……3……2……1……)
最後の最後にブザービーターでスリーポイントシュート。
(……やった……)
結果は36-6。私のクラスの圧勝だった。
「……御園、そんなに上手いのになんでバスケ部入らないんだ?」
「……下手ですよ、お世辞はいいです」
「バスケの授業も毎回見学だし」
「体調不良です」
「そんなに上手けりゃ引く手数多だろうに。なんで名門校に入らなかった?」
「下手なんですって」
球技大会以降、やたらとバスケ部に勧誘されるようになった。所属していた文芸部の先生にでさえ、「うちは兼部OKなのよ?」と言われる始末だ。
(球技大会だから、受けたんだってば)
本気でなんてやるもんか。
そう思いながら、プロットを眺める。
(うーん……ここ、やっぱ変だよなぁ……あ、この話挟もう)
小説は好きだ。読むのも楽しいし、書くのも楽しい。その世界では私が1番なのだから。どの立場で見てもいい。第三者としても、主人公としても、その世界を構成する人間になれる。
『ミナちゃん、球技大会に出たんだってね!はるちゃんに聞いたよ!』
「……は?」
(はるちゃん……?誰それ)
『相変わらず、シュートフォームめちゃくちゃ綺麗だね!バスケ部入ればいいのに』
どこかのお人好しがゆうちゃんに球技大会の様子を送ったらしい。
余計なことしやがって……と心の中で舌打ちをした。
『入らないよ。もうバスケはやらないの』
『なんで?あのことがあったから?』
ゆうちゃんは、優しい。いつだって、私を気にかける。でも。
『気にしなくていいのに。あの子はただ、ミナちゃんに妬いてただけだよ!ミナちゃんが凄く上手だから。私よりずっと』
(……そういうところだよ)
ゆうちゃんは優しい。でも、いつだってその優しさが私の傷を抉る。
私がゆうちゃんより上手いなら、なんで私が選ばれなかった?私があの子より上手いなら、なんであの子の方が若い番号をつけた?私が1番上手かったなら、なんで監督やコーチは私を責めた?私が神様に愛されていたなら、なんで私はここにいる。
『そんなことないよ。事実だから。あの子の言ってたことは、正しいんだよ』
『ミナちゃん、今度電話しよう。ミナちゃんの声、聞きたい』
『ごめん。最近忙しいから』
私はスマホの電源を切った。
私は言われ続けた。神様に愛されていると。バスケの神様に愛された女の子だと。ずっと。
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