第1話
目覚まし時計の音で目が覚める。
「ふわああ……おはよう……」
「何間抜けな声出してるのよ、ほら、早く食べなさい」
「ふあい……」
ピッとテレビのリモコンのボタンを押す。
「……あ」
『17歳でデビューした、期待の新星!神門結依選手です!』
『おはようございます、神門結依です』
「……ゆうちゃん……」
「あら、結依ちゃんじゃない。凄いわね、本当にプロになるなんて」
母親がサラダを食卓に並べた。
『神門選手の秘密に迫って……』
私はテレビを消した。
「……行ってくる」
「朝食は?」
「いらない」
「……ねぇ水波。もしまたバスケがしたいなら、いつでも」
「だからいいってば」
少しぶっきらぼうにそう言ってから後悔する。誰も悪くない。ただ、私が……あの日……
『_______消えて』
「……っ」
思い出すだけで吐き気がする。
あの日、鋭く刺さった言葉のナイフは今も私の心を突き刺したままだ。
「……私はもう、コートには立たないよ」
じゃあ、と玄関のドアを開けた。
「水波!」
母親の声が聞こえた気がする。私はブルートゥースイヤホンを耳につけた。
(……私がいたって、役立たずなだけなんだから)
だったら、そもそも触れなきゃよかった。
シュートが入った入らなかったで一喜一憂なんてしなければよかった。
あの子の、悪魔的な笑顔に魅了なんてされなければよかった。
(……なんて)
私は溜息をついて水たまりを見つめる。
私はバスケが嫌いだ。もう二度とコートになんて立ちたくない。それほどまでに大嫌いなのだ。
私がバスケを始めたのは気まぐれだった。なんとなく行ったバスケの見学会。なんとなく触ったバスケットボール。なんとなく話した女の子。
その時はバスケを愛していた。それから数年はずっと大好きだった。
入ってしまったチームがチームだったので、練習はキツかったし、監督だって怖かった。でも、問題はそこではなくて。
(……もう二度と、やらないだろうな)
あんな思いをするくらいなら、もう二度と……
「ねぇ、御園さんってリン様と知り合いってほんと?」
「リン様……?誰それ」
「神門結依選手だよ!凛々しくて、王子様みたいだから、リン様!ねぇ、知り合いなんでしょ!」
(凛々しくて……ねぇ……)
私の知ってるゆうちゃんは、そんなじゃない。ゆうちゃんはあれで意外と抜けてるし、ゆうちゃんは、寝坊常習犯。それにゆうちゃんは……ゆうちゃんは。
「……あんま、仲良くなかったから」
「そ、そっか……」
「そう……だよね、ごめんね!」
「いいよいいよ。えーっと、リン様?だっけ。ゆう……神門選手もきっと喜んでるよ」
私は貼り付けた笑顔で答える。
仲良くなかった、なんて嘘だ。ゆうちゃんは私を気にかけてくれている。毎年年賀状をくれるし、頻繁にLINEを送ってくれる。いつも、いつだって手を伸ばすことをやめてくれない。
_______私はもう、その手を取れないのに。
ピロン、と鳴る通知。
『ミナちゃん!元気?今度の試合見に来てくれると嬉しいな』
「……また」
『行けたらね』
『もう!そう言っていつも来てくれないんだから!』
『テレビで活躍は見てるよ。それでいいじゃん』
『よくない!チケット、送っちゃったからね!今度こそは絶対来てよね!』
ゆうちゃんはお節介だ。
私が来ないことを知ってるくせに。もう二度とバスケなんかしたくないと言ってるのに。それでもこうやってチケットを送ってくる。そのせいで私の家にはやたらといい席のチケットが溜まりまくっている。
(どうするかな……他の子に譲ろうかな……いやでも……)
ゆうちゃんは曲がったことが大嫌いだ。譲渡なんてした日には絶対許さない!とか言いそうだ。でも、私は行けない。行きたくない。あの歓声が恐ろしい。あの緊張感がおぞましい。のしかかる期待が私の記憶を呼び覚ます。
(……やめとこう。今回も)
ゆうちゃんには申し訳ないけれど、今回も無理だ。私はもう離れたんだから。もう二度とやることはないんだから。私にはもうあの時のような力はない。ゆうちゃんが望む『ミナちゃん』はもう死んだも同然なのだ。
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