第7話 大学近くの定食屋に寄ってみました
等持院を出た3人は、門の前で向かい合い、スマホを見ながら何か思案していた。
「いやー、どうにも中途半端な時間だな」
そう言うと、トオルは片腕を組み、左手でスマホの時間表示を見る。時刻は16時40分を回っていた。
トオルはスマホをポケットに仕舞い、んー、と唸る。
「このまま解散ってのもなんか味気ないしなぁ」
「そうでございますな。かといって、この時間からでは他の寺社に行ってもゆっくりとは楽しめませんし」
トオルとススムは、難しそうな顔をして天を仰ぎ見た。
すると、アユミが、じゃあさ、と言いながら手をパチンと叩く。
「私、いいお店知ってるし、そこでお茶していこうよ!軽食もあるし、お腹空いてたら早めの夕飯済ませるでもいいしさ!」
トオルとススムが、おお、と目を輝かせる。
「駿河さんおすすめのお店か。いいね、そうしよう!」
「あたくし、正直申し上げますと、飲食店の知識はさっぱりでございますので、ぜひアユミ殿にご教授いただきたいです!」
「うん!任せて!それじゃあこっちね」
そうして、3人はアユミを先頭に住宅街の中を進んでいった。
等持院から大学の方へ4、5分歩いたところで、木材を横向きにして張り巡らせた四角い建物に到着する。入り口には味のある丸型ポストが置かれ、店の前には原付やら自転車やらが停められている。入り口に掲げられた裏返しのフライパンには「営業中」の白い文字が書かれ、その上には店名の書かれた木札が掛けられていた。いかにも昭和レトロといった雰囲気だ。
アユミがドアに手をかけ、手前に引くと、カランコロンと軽快な音が鳴った。焼かれた肉と醤油の、じゅわりと重厚な香りに誘われて店内へ入ると、3人は暖色の照明の光に優しく包まれた。木を基調とした店内をぐるりと見回すと、年季の入った絵画や絵本、天井に吊り下げられた小物、
3人はこれまた年季の入ったピアノのそばの席に座る。
「匂いだけで普通に腹減ってきたな」
トオルは、捜査中の警察犬のように、くんくんと店中に充満する香りを吸い込んだ。
「分かる。それに、ああして見せられちゃうと余計にね……」
アユミがそう言うと、トオルとススムはアユミの視線の先にあるものを横目でチラチラと見る。そこでは、隣に座るサラリーマンらしき男性が、大根おろしの乗ったまん丸のハンバーグを幸せそうに頬張っている。その光景は3人の唾液腺を強く刺激した。
「ああダメだ!もう夕飯にしちまおう」
「あ、あたくしもそういたします!」
「私も!我慢できない」
3人は決意を固めたように頷き合うと、お冷やを持ってきた女性店員に、おろしハンバーグ定食、通称「
しばらくすると、湯気が立ち上る2つの木の丸い器が3人分運ばれてきた。黒い器には味噌汁。もう一つの器には真っ白なご飯がたっぷりと盛られ、その上には、黄色い粒が童心を想起させる、のりたまのふりかけが撒かれている。
「のりたまだ!懐かしい」
トオルは米の塊を一口分箸で持ち上げ、口に運ぶ。スタイリッシュな最近の定食屋でよく出る硬めの米ではなく、ふっくらと炊かれた柔らかいご飯とそれを引き立てる甘いふりかけの味。実家のような安心する味にトオルはホッと息を漏らした。
その様子を見たススムが、馬鹿にしたような目でトオルに声をかける。
「おかずも来てないのに、トオル殿はせっかちでございますね」
「なんだよ。仕方ないだろ、どうしても何か口に入れたかったんだよ」
「それにしたって、食べるまでのスピード速すぎだよね。来てすぐだったもん」
「駿河さんまで馬鹿にする!?」
アユミは、冗談、と言いながら微笑む。そうこうしているうちに白い大皿が運ばれてきた。メインディッシュの登場だ。
「うわぁ……!これは旨そう!」
「ね!しかもボリューミー」
大皿には、男性のゲンコツサイズのハンバーグとその横に大根おろし、小口切りされたネギが配置され、余ったスペースを埋め尽くさんばかりにサラダがたっぷりと盛られていた。立ち上る湯気を鼻で吸い込むと、大根おろしに合うようにあっさりと調味された、醤油ベースのソースの香りが鼻腔を刺激する。
自分のしっくりくる位置に皿を移動させたトオルは、いただきます、と手を合わせる。
「野菜がたっぷりあるのはありがたいな。野菜不足の大学生の味方って感じ」
アユミが、確かにね、と言いながら一枚写真を撮る。
「私、月光斜定食は初めて食べるけど、このお店、野菜をいっぱい摂れる定食多い気がする」
トオルは、へえ、と言いながら味噌汁を啜る。油揚げの風味が溶け出した、温かい味噌のスープの塩気が食欲をさらに増進させる。
一方、ススムはサラダや味噌汁には目もくれず、ハンバーグに手をつける。こんもりと盛られた大根おろしにポン酢をかけると、まるで雪解けのように、サーっと白い山が崩れていく。茶色く染まった大根おろしに、緑鮮やかなネギを乗せ、箸でカットした一口分のハンバーグと共に頬張る。
「おぉ……!これはこれは!」
ススムは、口の中全体で確かめるようにゆっくりと味わう。肉肉しい挽肉の旨味と舌に絡みつく肉汁。そして、そんな肉のモッタリとした脂っこさを、みずみずしい大根おろしとポン酢の酸味、ネギの香味が中和し、飽きさせない美味しさに仕上げている。
トオルとアユミの2人もハンバーグを口にする。
「ハンバーグなんて久しぶりに食ったわ。めっちゃ美味い」
「ご飯によく合うね!」
「これは、食べる手を止めることができませぬな」
3人は終始、頬を綻ばせながら、水を飲むことも忘れ、定食を堪能した。それこそ、店の名前の通り「無限」に食べ続けることができるくらいの魔力を、この定食は持っていたのだった。
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