嫌な再会

 冒険者ギルドに着いたわたしは、フォルンをギルド前に待たせアリスを呼んだ。


 フォルンは中は狭いからと、建物に入ることを拒んだからだ。


 わたしはいつも通りギルドの端で待っていると、アリスが小走りでやってきた。


「ノアさん、一昨日ぶりで――すぅ!?」


 アリスはなぜか、何もないところで盛大に転ぶ。


 何度も何度も転んでいるのに、一向に受け身を習得しないのが不思議なんだよね。


 アリスのドジはもう慣れているので、わたしはとりあえず彼女に手を差し伸べる。


「大丈夫?」


「いたた……あ、はい、ありがとうございます」


 さっとアリスを引き上げ、彼女は服を軽くはたいた。


 少しおでこを擦っている仕草から、おそらく額を打ったのだろう。


 血の匂いはしないから安心かな。


「あれ、今日は皆さんはいらっしゃらないんですね」


「今日はわたしとフォルンだけ。フォルンは外で待ってるよ」


「そうでしたか。それで、今日は何のご用ですか? ソロで依頼を受けます?」


「うん。依頼を何個か持ってきてほし…――!?」


 わたしが言いかけた瞬間、外から骨に響きそうな重音が響く。


 それに続いて、うめき声や女性の甲高い声叫びが聞こえた。


 アリスがプルプル震えながら裾を掴んでくる。


「の…ノアさん、何事でしょうか」


「わからない。とりあえず、音の方に行ってみよう」


「は、はい」


 未だ騒ぐ声が止まない外へ向かうと、人が集まりっており騒ぎの原因が見えないという。


 わたしは外に待たせていたフォルンに話を聞こうと、彼女の気配を探した。


 人間達の騒ぐ声で、フォルンの鼓動や声がわからない。


 突然、地面を蹴りつける音がした。


 その音と共に、人間達はピタリと動きを止め騒音も消える。


「ヒヒーンッ!」


 聞き慣れた声が響き、また地面が音共に微かに揺れた。


 声は集まった人間達の中心からしたので、フォルン声の主はきっとそこにいるのだろう。


 わたしは人間をかき分け、騒ぎの現場に出た。


「ノア!」


「なっ…お前は!」


 フォルンはわたしに気づくと嬉しそうにわたしの名を呼び、彼女の前に座り込む人間はこちらを見て歯噛みする。


 正直フォルンに気を取られて全く気づかなかった。


 弱すぎるからわからなかったのか、それとも意図的に気配を消していたのか……。


 一応警戒心は無くさずにいよう。


 とりあえずわたしはフォルンの元に駆け寄り、事の詳細を尋ねることにした。


「フォルン、これは?」


「この穢れた魂の人間がアタシのたてがみに触ったの。しかも引っ張ってくるから、アタシは振り払っただけ。なのにこの人間のオスはギャンギャン騒いで……煩いわ」


 フォルンは心の底からキレているようで、耳を伏せいつもより早口になっている気がした。


 座り込んだままの人間に意識を向けると、男はわなわなと身体を震わせ歯を強く噛み合わせていた。


 誰だろう、この人間?


 でも…なんか嫌な予感がする。


「お前はのッ!」


 鋭い睨みをきかせる男は、何故か恨めしそうにそう言った。


 先程とは違い、男の声をしっかりと聞いた今。


 …やっと気づいた。


 この人間の名前はドラード。


 忘れもしない、およそ1ヶ月前。


 フェルを侮辱し、わたしに『憤り』を教えてくれた印象深い人間。


 なんですぐに気づかなかったんだろう?


 不思議に思っても仕方ないので、わたしは男が変な動きをしないよう威圧しながら声をかけた。


「わたしも思い出したよ。君、ドラードだよね。こんなところで何してるの? わたしの仲間に――何をしたの?」


「こいつの主人はお前だったのかよ」


「何をしたの?」


「……」


 だんまり、か。


 フォルンに聞けばわかることだし聞かなくてもよかったんだけど、威圧も兼ねてるしまぁいいかな。


 一応第三者からも話は聞いておこう。


 フォルンだけだと誤解が生まれるかもしれないし。


『多くの情報から本当の真実を判断する』


 最近そうマチルカから教わった。


 すぐに役立つことを教えてくれたマチルカに感謝しよう。


 やることが決まったら行動に移すだけ。


 わたしは周りに集まる人間の中から、誰とも話してる様子のない1人の女性に声をかけた。


「うーん、そこの人間の君」


「え、わ、わたし…?」


「そう。ドラードが騒ぎの元を教えてくれないから、見てたなら代わりに教えてくれない?」


 周りに集まる人間の中から適当に指名し、先程起きたことを説明してもらった。


 簡単にまとめると、フォルンがわたしの言い付け通り大人しく待っていた。


 するとどこからかドラードがフォルンに近づき、たてがみを掴み連れ去ろうと引っ張った。


 それに怒ったフォルンが男を振り払う……もといふっ飛ばしたことで周りが騒ぎ立てた、って感じだったらしい。


 最初の重音はたぶん、フォルンが威嚇の意味も込めて強く地面を蹴りつけたのだろう。


 ちなみに男は腰が抜けて動けないらしく、逃げ出す様子はない。


 しかしその目からは敵意と恐れが感じ取れる。


「どうしよっか…」


 ボコボコにするのは簡単なんだけど、別にやる意味もないよね。


 実際に危害を加えられたわけじゃないし。


 なんならフォルンがやり返してるし。


「なんでもいいよ。アタシに触らなければだけど」


 悩むわたしに気づいたのか、フォルンがドラードを見据えながら呟いた。


 フォルンが被害者なわけだし、ここはフォルンの意見を優先的に通そう。


 わたしはフォルンの横に立ち、彼女の首にそっと手を置く。


 ドラードは未だ座り込んでいるため、わたしとフォルンは目線を落とすように顔を向けた。


「ドラード。今回のことは水に流すけど、次はないよ。これ以上、わたし達に接触しないで」


 声のトーンを少し下げ、わたしはドラードに向かって威嚇も込めてそう言い放った。


 しかし、ドラードの口角は僅かに上がる。


「誰がそんなこと聞くかよ。一方的なもんはフェアじゃない。お前、また俺と戦えよ」


「は?」


「何を言ってるの、この人間」


 思わぬ返答に、わたしは言葉を返すことができなかった。


 そんな様子を気にすることなく、ドラードはあおり口調で続けた。


「俺はまだ認めてねぇよ、偽Aランク冒険者様?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【休載中】盲目娘の無双ライフ 天羽ロウ @tenba210

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ