過去 (Sideユリアス)

「この約2ヶ月間、僕達は同じパーティとして一緒に活動してきたよね」


 作戦このことがノアにバレないよう、3人の間に緊張が走っていた。


 話し方も多少重くなってしまったため、その緊張が伝わったのかノアはツバを飲む。


「さらに親睦を深めるため…」


「『パジャマパーティー』を開催することになったのよ!」


 最後ルカが場を盛り上げようとテンションを上げ高らかに宣言した。


 そんなユリアス達に驚いたのか、ノアは目を見開き硬直している。


 しばらく固まっていたノアだったが、次第に見開かれた目は伏せていく。


 半開きだった口は顔を下に向けたことで見えなくなり、彼女は微かに震えているようだった。


(え……失敗だったかな?)


 予想外のノアの様子に皆一様に不安気な表情を浮かべる。


 そんなユリアス達の視線を集めるノアは、突然顔を上げ勢いよく両手を天に伸ばした。


「パジャマパーティーだー!!!」


 ノアの弾んだ声が部屋に響き、突然のことに今度は3人が目を見開く。


「これからパジャマパーティーをするの?! わたし本で聞いたことがあるよ! やってみたかったんだぁ。森ではパジャマなんてないし、フェルも付き合ってくれなかったんだもん」


 よほど嬉しいのか、ノアは枕を抱きかかえベッドの上で転がり回っていた。


 それもこちらの頬が緩みそうなほどの、子供のような満面の笑みで。


(嬉しそうで良かった)


 と思う反面、これが違う目的を達成するための手段だと考えると、良心がチクリと痛む。


 それはユリアスだけではないようで、いつもとは違う屈託のない笑みを前に2人は眉尻を下げていた。


「それでそれで? パジャマパーティーって何をするの?」


 存在だけ知っていたようで、内容を知らないノアは前のめりに尋ねてきた。


 多少の罪悪感を振り払い、ルカがノアにパジャマパーティーについて説明する。


「パジャマパーティーは皆でパジャマ姿になって、それぞれの昔話をするものなの」


「昔話かぁ。皆の小さい頃のお話とか聞けるってことだよね」


「そうなるわね」


「誰のからにする?」


 ワクワクした様子で尋ねるノア。


 タイミングを見計らっていたユリアスは2人に視線で確認を取り、それぞれに小さく頷いた。


「ノアの話を聞いてもいいかな」


「いいわね、私も聞きたいわ!」


「俺も俺も!」


 ユリアスがノアに尋ねると、それに続いて2人が賛同の言葉を口にする。


(よし、このまま勢いでノアの話を聞く流れにすれば!)


 ユリアス達の勢いに、ノアは目をパチクリさせた。


 彼女が自分のことを指差したので、3人は何度も頷く。


「面白くないと思うけど、皆がそう言うのならしよっか。わたしの昔話」


 ノアがいつもの笑みを浮かべそう言うと、3人の間で安堵の雰囲気が流れた。


 そしてユリアス達は口を閉ざし、ノアの開口を静かに待つ。


 部屋は外の小さい音すら、微かに聞こえるほどの静けさとなった。


 ノアは昔の思い出記憶を手繰り寄せながら、口を閉ざし待つユリアス達に聞かせた。


 ノアがフェルに拾われたのは今から12年ほど前、ノアが4歳の頃の話だ。


 ノアが育った【プレウス森林】という広大な森の、より強力な魔物が蔓延はびこる森の奥深くでフェルと出会った。


 身体には無数のかすり傷があったものの問題のないレベルであり、彼女は涙で濡れた目を閉じ寝ていたらしい。


 そしてなんの気まぐれか、フェルは彼女を拾い育て始めた。


 ノアという名前もフェルがつけたものであり、彼女が持つ服や剣、鞄もフェルから貰ったという。


 フェルはノアに様々なものを教え込んでいき、彼女も森でたくましく生きていた。


 しかしノアは時折、とても嫌な夢を見て寝れない日も多かった。


 『嫌な夢』という単語がノアの口から出たとき、ルカが少し反応を見せる。


(まさか……)


 前にルカが言っていた『ノアが寝ながら泣いている』という話に関係している、そう推測できた。


 そしてノアが16歳となった日。


 フェルは姿を現さなくなった。


 半月もの間待ち続けたらしいが、フェルは影すらも見せることはなかったという。


 ノアはフェルを探すために森を出て、1人人間の街リンドウに来たという話だった。


 頑固なノアのことだから、きっと森に帰って待つという選択肢はもうないのだろう。


 ノアの話を聞く中で、点と点が繋がっていくようにノアという人物がユリアス達の中で確かになっていく。


 しかしまだ気になる部分もあるため、これは直接聞くしかないだろう。


 そのことを思うと自然と気分が落ち込む。


 幸い目が視えないノアには表情は伝わらないはずなので、顔を取り繕う必要はない。


 表情には気を向けず、ユリアスは声だけ取り繕い尋ねた。


「ノアの……本当の両親は?」


 捨てられた可能性があるのなら、さすがに直接訊くことはできない。


 だけど、ノアが拾われたのは強力な魔物が蔓延る森の奥深く。


 わざわざ危険を犯してまでそこに捨てる意味がわからない。


 突っ込んだ質問なのは重々承知の上で、ユリアスはノアに尋ねたのだ。


 両異色の瞳のことを聞こうかと迷ったが、目の視えないノアは知らないと思い尋ねるのをやめた。


 たぶんルカやジークは、ノアの瞳が金色に光ったことを知らない。


 ユリアスがやめたことで、訊く者は誰もいなくなった。


「普通は産みの父と母がいるんだよね。でもわたしはフェルに拾われる前の記憶がないから、わたしにとってはフェルが親なんだ」


「何も覚えてないの?」


 ルカの言葉に、ノアはこくんと頷いた。


(記憶喪失ってことかな。何かありそうだけど、わからないって言ってるノアに聞いても意味はないか……)


 ユリアスは密かに計画を頭の中で組み立てていると、このなんとも言えない空気を切り替えようとジークが口を開く。


「そういえばだけどさ、ノアさんが言う特訓方法ってどこから来てるんだ?」


「ああ、あれはわたしが幼い頃やってた特訓メニューを優しくしたものだよ。さすがに皆は付いていけなさそうだから」


「ちなみに幼い頃やってたっていうメニューを聞いてもいいか?」


(確かに気になる…)


 最近はやり続けているおかげか、4時間走っても足に限界が来ることはなくなっていた。


 しかしまだ余裕なわけではなく、いつも走り終わると屍のように横たわることが多い。


 これより辛い特訓なんて、ユリアスはどんなものなのかと気になってしまっていた。


「毎日フェルの殺気を浴び続けながらぶっ通しで6時間走って、更に魔力操作を常時続けてたかな。あと3日に1回フェルと戦って徹底的に負かされたり、魔物と遊んだり……って、これは特訓じゃないか」


 そう言って笑うノアとは別に3人のは顔面蒼白にし、皆震える声でノアの話を復唱する。


 それはもう、絞り出すように呟いた。


「し、神獣の殺気を浴びながら6時間……」


「やり続けると頭が焼き切れるような痛みがくる魔力操作を常時……」


「3日に1回神獣と戦って、更には魔物と遊ぶ……か」


「?」


 ノアはユリアス達の様子に小首を傾げるが、ユリアス達は視界にはあるものの気づいていない。


 4人がノアの言っていたことを想像した瞬間、背に感じたことのない寒気が走る。


(ノアのことだし、言ってることは全部嘘じゃないんだろうなぁ)


 皆一様に顔色を悪くしながら、ノアの常識外れなところとその強さに納得したのだった。

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