神獣 (Sideユリアス)

 フェンリル。


 世界に3種しか存在しない、神獣と呼ばれる神聖な生き物。


 その実態は謎に包まれており、フェンリル以外の神獣の姿を見た人間はいないという。


 なので文献も何も残っておらず、実質神獣はフェンリルしかいないと考えてもおかしくない。


『神獣は3種存在する』


 そう言われ続けているのは人間以外の種族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、魔人族の間で、語り継ががれているからだ。


 なぜ人間だけがその存在を語り継いでいないのか。


 なぜ他の神獣は姿を現さなかったのか。


 謎は尽きないが、一つ言えることは神獣は存在するということ。


 マチルカは最初に、そう説明した。


 説明をしているときのマチルカに笑顔などはなく、偉大な人を前にしたときのような緊張が走った。


 全てを見透かしたようなその黄緑色の瞳に、邪念などは一切感じられない。


 その様子を前にするユリアスにとって、彼女が話すことには不思議と信用できた。


「神獣について他に、何かわかってることとかないんですか?」


 ジークがそう尋ねると、マチルカは首を横に振る。


「情報の信憑性を高めるために、まず情報元を話しておきましょう。私達のもつ神獣の多くの情報は、エルフ族からのものが多いです」


「ねぇ、エルフ族って人間をすごく嫌ってるのに、どうやってその情報を得たの?」


 そうノアが尋ねるが、この場にいるマチルカとノア以外、エルフ族が人間を嫌っているということを知る者はいない。


 エルフ族という種族自体がおとぎ話の世界の住人であり、本当に存在するということすら先程知ったばかりなのだ。


(なんでノアは、エルフ族の存在を知ってたんだ……?)


 ノアのことは皆信用しているが、わからないことが多いのも事実だ。


 当たり前のように話すノアに対し、いぶかし気な視線が集まる。


 マチルカもそんなノアに驚いたように言った。


「あら、ノアさんは博識なのですね。たしかにエルフ族は私達人間を嫌っていますが、その嫌う原因になったのは昔のとある王様なのです。その前までは友好的な関係でしたので、その頃の記録が残っていたんです」


 マチルカの話では、その王は稀に見る暴君であったという。


 王は欲に溺れ、エルフ族が守る世界樹にまで手を出そうとした。


 そのことに怒ったエルフ達は、関係を絶ちどこかの森に閉じ籠もったと伝えられている。


(森育ちのノアのことだし、訊いたらエルフ族に会ったとか言いそうだな……じゃない!)


 思考が違う方向に走り出したのをなんとか引き戻し、ユリアスはマチルカに質問を投げた。


「神獣って一つのくくりで纏められてるのなら、何か共通点がありそうですよね」


「はい。ユリアスさんの言う通り、彼らには共通点があります」


 ユリアスの予想は的中したのだが、その共通点にユリアスは唖然とすることになる。


「神獣の共通点、それは彼らの容姿にあります。姿形はそれぞれ司るものが違う関係で異なりますが、彼らは真っ白な身体にを持っているそうです」


「…………!」


 その瞬間、ユリアスの脳内では、ノアとの出会いが鮮明に蘇っていた。


 左右色の違う珍しい瞳を持つノア。


 あの時、彼女の右目は金色に輝いていた。


 それは本当に綺麗で、ユリアスは息をするのを忘れそうになるほど見惚れていた。


 その瞳を見たときのことは、ユリアスもはっきり覚えている。


 その後彼女の右目が輝くことはなく、気のせいだと思い考えてこなかった。


 驚きのあまり、ユリアスの開いた口が塞がらない。


(まさか――ノアが神獣……なんてことは)


 多少混乱しているユリアスは、頭の中である可能性が浮かびがった。


 しかし、すぐに自分の中で否定する。


(いや、そんなわけないか。自分でも人間だと言ってたんだし、ノアの髪は白ではなく青い。両目が金色というわけでもない。それに金色に見えたのもあの一回だけで、いつもはありふれた黄色の瞳だ。……なら何故あの時、彼女の瞳が金色に見えた?)


 次々と浮かぶ疑問や予測に1人思考を巡らせていると、突然ルカが顔を覗き込んでくる。


「ねぇユリアス、ちゃんと聞いてる? さっきから上の空って感じだったけど」


「あ…ああ、ごめん。ちょっと考え事してた。今なんの話だっけ」


「今は――……」


 この話し合いは日が暮れ始めるまで続き、街を堪能してきたローラ達が帰ってきたことで終了となった。


 街で遊んでいるだけかと思っていたが、ローラは街の外にも行ったらしかった。


 その証に彼女が両手で抱えているものがスライムであり、外でテイムに成功したらしい。


 初めての従魔にはしゃぐローラを前に、ノアはルカの後ろに隠れ警戒モードに入っていた。


 ノアが(逃げるため)動き出そうとするのを察知したジークが、彼女を止めていなかったら……。


 今頃幼き悲鳴と泣き声がこの部屋に響いていたのだろう。


 ジークと目が合うと、彼は親指を立て少しドヤ顔だった。


(ナイス、ジーク)


 と心の中で彼を褒め、とりあえず今日はこの街に泊まることが決まった。


 マチルカが手配してくれた宿に泊まることとなり、料金はニコラスが払うと言ってくれたのでユリアス達は実質無料である。


 ちなみに、マチルカには情報料として大銀貨1枚(平民の年収10年分の金額)を払った。


 財布の3分の1が抜かれたためユリアス達は唖然とし、マチルカは今日一の笑顔で受け取っていたのだった。


 宿泊費を払ってくれたニコラスに感謝し、4人はそれぞれの部屋へと入っていった。


 しかし、彼らにはやる事が残っている。


 4人は女子組が泊まる部屋にパジャマ姿で集まり、それぞれ好きな場所で落ち着いた。


「ねぇ皆。そういえばだけど、なんでここに集まったの?」


 ノアは端正な顔を横に傾け、その動きに合わせて彼女の青い髪が揺れる。


 皆で集まった理由。


 それは彼女本人に、ノアについて訊くためである。


 しかしド直球に訊くのもどうかと考えたユリアス達は、とある作戦を立てた。


(パジャマパーティーでノアの過去を探ろう……!)


 題して、『パジャマパーティー作戦』――決行である。

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