わからない

 情報ギルドに着いたわたし達は、ニコラスが自前に手紙を出してくれていたおかげでスムーズに中に入ることができた。


 ギルドマスターの部屋に通され、わたしは約2ヶ月ぶりのマチルカと対面する。


「ようこそおいでくださいました。情報ギルドのギルドマスターを務める、マチルカ・フェルディナントですわ。そこのアウローラ様の娘です」


 マチルカは変わらず柔らかく話しているが、少し身体に力が入り緊張が伝わってきた。


「お久しぶりです。アウローラ様、ノアさん、お父様」


「久しぶりです、マチルカ様」


「久しぶり、デス」


「久しぶりなの!」


 娘相手でもうやうやしく振る舞うニコラスに続き、わたしは相変わらずぎこちない敬語で言葉をひねり出す。


 ローラは変わらずぬニコニコ笑顔で、机を挟んだ向かいに座るマチルカに飛びついた。


「マチルカ様、これをどうぞ」


「ありがとうございますお父様。これは……?」


 ニコラスはマチルカに例の袋を手渡す。


 袋を手にした彼女は不思議そうに中身を確認すると、中から甘い匂いが広がった。


「まあ! これわたくしの好物ですわ。ありがたくいただきますね」


 マチルカは声を弾ませ、後で食べるつもりなのか自分の机にそっと置いた。


 袋の中身は砂糖を練り固めたお菓子だという。


 とりあえずユリアス達3人は自己紹介を済ませ、皆で机を囲み腰を降ろした。


「さて、皆自己紹介が終わったことですし、お茶をしながら仕事のお話をいたしましょう」


 手を合わせ微笑んだマチルカは、自ら紅茶を注ぎ入れ菓子が盛られたお皿を並べていった。


 紅茶のいい香りが鼻いっぱいに広がり、部屋は美味しそうな匂いで満たされてる。


「まずノアさんの"フェル"についてですが、未だそれらしき情報は入っておりません」


「そのことなんだけど…」


「今日はフェンリルについて聞きにきたの」


 今回来た理由を説明しようとするわたしの言葉を待たずに、ローラが率先してマチルカに話した。


 割って入る必要もないため、説明はローラに任せてわたし達は2人の会話が終わるのを待つ。


「――なるほど、お話はわかりました。たしかにその名前が正しくないという可能性もありましたね。私の頭が固いのでしょう。フェンリルの情報というのなら、少しはお力になれると思いますわ」


「本当っ!?」


「はい、もちろんですわ」


 身を乗り出すわたしに、マチルカは驚きもせず微笑み返した。


 マチルカと話そうと口を開くと、ローラの後ろで控えていたニコラスがローラに声をかけた。


「それではお嬢様。わたくし達はどこかで時間を潰しましょう」


「なんでなの? わたくしもノアを手伝うの」


「この街には前にお嬢様が食べたいとおっしゃられていた『ドウナツ』がありますよ」


「ニコラス、早く行くなの!」


「はいお嬢様。それでは、私達はこれで失礼いたします。後ほどまた戻りま…」


「ニコラス!」


 ローラに手を引かれるニコラスは、頭をぺこりと下げ駆け足で姫様を追っていった。


 ローラ……ニコラスに上手く操られてるような…………。


 そんなバタバタとした彼女達を見送ったわたし達は、今度こそ仕事の話に入った。


「それではまず、この情報ギルドについて簡単に説明しましょう。情報ギルドは皆さん知っている通り、国内どころか連携している他国の情報も全て集まるところです。例えばノアさん」


「わたし…です?」


 急に指名されたわたしは、自分に指を差し小首をかしげる。


「ノアさんはこの2ヶ月ほどで、ユリアスさん、ルカさん、ジークさんという素晴らしい仲間を得ましたよね」


 マチルカの言葉に頷くと、マチルカの口角が少し上がった。


 マチルカはわたしにそっと近づき、耳打ちをする。


「(彼らの他に、も加わったでしょう。できれば今度お会いしてみたいですね)」


「!」


 なんでそのことを知って…!?


 という言葉を呑み込み、一応いつもの笑顔を保った。


 しかし言われたときに少し反応してしまったのか、マチルカは見透かしたように笑顔を浮かべていた。


 ……なんか怖い。


 この人のこと、全然わからない。


 あれ、でもマチルカはこのことフォルン以外も知っているだろうか。


 魔物蝟集ビーストフロックが起こったことや、わたしが人語以外も話せること。


 魔術のことなど、わたしは周りに多くのことを隠している。


 ユリアス達の助言を受け入れてる結果だけど、彼女はどこまで知ってるのか。


 正直言って、底が知れない。


『蛇がとぐろを巻いたように、内側が真っ黒で見えない』


 ああ、なるほど!


 初めて情報ギルドに行く際に、ハウスが言っていたことが蘇った。


 わたしは今更ながら、その言葉の意味を理解する。


 でも、その情報収集力は信用できる。


 これでフェルを見つけられるような情報ものがあれば……!


「(ノア、マチルカさん。なんて言ってたの?)」


 マチルカの声が聞こえなかったルカが、小声で訊いてきた。


 ここで言ってもいいけど、そしたらユリアス達にも言うことになる気がする。


 わたしはフェンリルの情報を優先させ、ルカには後で教えると伝えた。


 話が終わったことを確認したマチルカは、少し申し訳無さそうに肩を落とす。


「フェンリルについてですが、700年前くらいから今までの文献が一切無いんです」


「それって…突然消えたってことですか?」


「はい。フェンリルは消えたように、一切現れなくなったと伝わっています」


「ノアさんって何歳だっけ?」


「16だよ。でもフェルに拾われたのが4歳の頃だから、フェルに会ったのは12年前になるのかな」


 フェルがわたしを拾ったのは、育った森である【プレウス森林】の最奥だったそうだ。


 なぜそんなところにいたのかはフェルもわからないらしく、正直自分についても知らないことが多い。


「え、ノアって同い年だったの?」


 ユリアスは本気で驚いたように言うが、ルカとジークに驚いた様子はない。


 2人よりも前から会っているユリアスに対し、わたしは心の中でだが思わずツッコんだ。


 今更?

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