ニコラスの娘
「情報ギルドの…マチルカ・フェルディ……ああ!!」
「どうした?」
「おや、もう知っておられましたか」
突然大きな声を出すわたしに、ユリアスが驚きながら訊いてくる。
マチルカ・フェルディナント。
2ヶ月くらい前に行った情報ギルドのギルドマスターのことだ。
「え、え? どういうことよ?」
「あの情報ギルドのギルドマスターが、ニコラスさんの娘?」
話が理解できていない3人は、情報を処理しようと頭を稼働させる。
しかし処理が追いつかなかったようで、わたし達に説明を求めた。
「ルカ達と会う前に、ハウスの紹介で情報ギルドに行ってたの。フェルの情報を集めるためにね。そこでマチルカと会ってー……何も得られないまま帰ったんだっけ」
わたしは顎に人差し指を添え、2ヶ月という月日の記憶を手繰り寄せる。
いつもならぱっと出てくるんだけど、最近は内容が濃すぎて忘れてしまうことが多くなった。
でも森にいた頃のような変わらぬ毎日と比べても、今も昔も十分楽しいので気にしていない。
呑気なわたしを前に、ローラを抜いた4人が驚愕の表情を浮かべる。
「なっ、ギルドマスター本人に会ったの!?」
「まさか直接会っているとは思いませんでした……」
「冒険者ギルドは例外として、ギルドマスターってそんな気軽に会える存在じゃなかったっけか?」
「待って、ユリアスも一緒に会ってたりしないの?」
「たしかに。ユリアスは知らぬとこでノアと一緒にいたこと多いし」
急に白羽の矢が立ったユリアスは視線を2人に移し、否定するように胸の前で両手を振った。
「僕は一緒に行ってないよ。ノア達が出発する前日の夜に別れて、ギルドで再会しただけだって」
「ふぅん。前日の夜は一緒にいたんだ?」
「美少女のノアさんとなんでそんな高確率で一緒にいるんだろうな?」
なぜか違うことで追い詰められていくユリアスは置いておき、わたしはニコラスのところへと向かう。
ローラは飽きたのか少し離れたところで遊んでいるため、ニコラスもローラについていってたのだ。
「ノア様。お話はもう終わったのですか?」
「うん。それより、ニコラスがマチルカの父だって全然気がつかなかったよ」
「ほっほ、よく言われます。目が視えないノア様なら
ニコラスは自分の髪に触れしみじみ言う。
寂しいという感情を孕んでいそうな声は、高く幼い声によって遮られる。
「ニコラス!」
「はいお嬢様、どうしましたか?」
「マチルカに会いにいくなの! わたくしも久しぶりに会いたいの」
「そうですねぇ……国王様の許可が降りたらご一緒させていただきましょうか。ノア様達はよろしいでしょうか?」
「うん、大丈夫だよ。ユリアス達もいいって言ってくれると思う」
「左様ですか。ありがとうございます」
ローラの一言でトントン拍子に話が進み、とりあえずこの場は別れることとなった。
出発するのは
王都から情報ギルドがある街までは少し距離があるので、早くに出た方がいいということだ。
王様の許可が降りたら連絡すると言われたので、ローラ達とは別にわたし達も準備を進める。
連絡は出発する日の前夜に届き、無事許可が降りたそうだ。
代わりに冒険者であるわたし達に護衛の任が与えられたと記されており、ローラに傷一つでも付けばわたし達の首が飛ぶとルカは言う。
その話を聞いたジークはとっさに首を手で守り、わたしもその内容に驚いた。
……これ、とんでもないことを約束しちゃったのかもしれない。
今気づいても手遅れなので、当日は気を引き締めようという話になりそれぞれ布団に潜った。
翌日。
門に向かうと、王家の馬車が待機していた。
馬車の中では眠たげなローラが座っていて、ニコラスの誘導で皆馬車に乗り込み王都を出発した。
「ニコラスさん、その袋は?」
眠るローラの頭を膝に乗せるルカが、ニコラスの膝の上にある袋について尋ねる。
ジークやユリアスも気になっていたようで、静かにニコラスの回答を待っていた。
「これですか? これは娘に渡すちょっとした手土産ですよ。
和やかな雰囲気で答えるニコラスだが、わたしは彼の言っている内容がよくわからなかった。
はっきりとは言わず、どこか濁しているような気がする。
色々な言い回しができるのも、人間の言葉が難しいと言われる
ルカ達はニコラスの言葉が理解できたのか、これ以上尋ねる様子はない。
少しモヤモヤする部分もあるが、訊く必要もなさそうなので尋ねるのをやめた。
後で意味はわかるだろうし。
「……?」
馬車に乗ってからしばらく経つと、どこからか甘い匂いが漂ってくる。
しかしここは密室なので匂いが充満し、匂いの出どころがわからなかった。
気持ち悪くなるような甘ったるい匂いではないし、ユリアス達も気づいている様子はない。
あまり匂いの強くないものなのだと予想できるし、危険な感じもしないため、わたしは気にしないことにしたのだった。
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