約束

 グランツとの約束の日になり、わたし達は今度こそ防具を買いにきていた。


「おう、よく来たな……って、何があった?」


 わたし達を見るなり、グランツは心配するように言う。


 それもそうだろう。


 1週間ユリアス達を鍛えたおかげで実力は身に付いたのだが、3人とも疲れきったボロボロの状態なのだ。


「…………お気になさらずとも大丈夫です……」


「そ、そうか…?」


 ユリアスの言葉に納得できていないようだったが、グランツはひとまず引くことにしたようだった。


 わたしは話題を変えるように、グランツに仕事の話を振る。


「グランツ。それで防具はできたの?」


「おう、もちろんだ!」


 グランツはいつもよりテンションが高く、機嫌が良かった。


 そんな様子で前にわたしの防具が出される。


「これはミスリルで作った丈の長い上着みたいなものだが、魔力を流し込めば鋼よりも更に強くなる。ちょっとやそっとじゃ壊れないだろう」


「おお!」


 グランツの説明を聞き、わたしはさっそく着てみることにした。


 袖は肘に届かないくらいと短く、腕の動きを阻害しない。


 グランツの言う通り丈は長めだが、布が薄いのか軽くあまり支障はなかった。


 試しに魔力を流し込み、左腕を殴る。


「ノアさんッ!?」


 わたしの急な自傷行為に驚いたジークが、急いでわたしの右腕を離した。


「あははっ、大丈夫大丈夫。ただこの防具の性能を試しただけだから」


 慌てるジークが面白くて思わず笑ってしまうが、ちゃんと説明したことでジークは手を離した。


 わたしはグランツに向き直り、ビッと親指を立て笑った。


「グランツ、バッチリだったよ! ありがとう」


「おう」


 満面の笑みを浮かべそう告げると、グランツは親指を立てニカッと笑った。


 わたし達の前で笑ったのは、初めてかもしれない。


 それだけ良いものができたのだろう。


「それじゃ、ローラ様を迎えに行かないとね。行かなかったらきっと怒られるわ」


「ローラ様って誰のこと?」


 苦笑するルカに、ユリアスが尋ねた。


「あれ、言ってなかったかしら?」


「ローラはね、この国の姫様だよ」


「正確にはアリシア王国の第2王女ね。アウローラ・フォン・アリシア様よ」


「あーうん、驚き通り越して逆に冷静になってきたよ」


「てかそんな大事おおごと、言い忘れるなんて普通あるか?」


「もしかしたら私、ノアに毒されてきたのかもしれないわ……」


「なっ、心外だよ! わたしがいつルカを毒したの!」


 変わらずいつも通りのわたし達の横で、グランツは目を見開き顎が外れそうなほど口を開けていた。


 いや、ガコッて聞こえたし外れちゃったのかもしれない。



   ♢♢♢



「ノア、ルカ、ひさしぶりなの!」


「お嬢様っ! 走るのはお止めくだされ!」


「おわっと」


 城から出てきたローラが、わたしに体当たりするように飛びついてくる。


 ローラの後ろを歩いていた男性が慌てて駆け寄るが、ローラは気にせず嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。


「約束を覚えててくれたのと、久しぶりに会えたことがすごく嬉しいなの!」


 ルカにもぎゅーっとハグをすると、ローラは呆然と見つめるユリアス達の前に立つ。


 そしてスカートの裾をつまみ、滑らかな所作で挨拶の言葉を述べた。


「はじめまして、わたくしはアウローラ・フォン・アリシア。この国の第2王女なの。以後お見知りおきをなの」


「あ、はいっ…はじめまして! えっと、俺はジークと言います。以後お見知り置きますっ」


「はじめまして、アウローラ王女。わたくしはユリアスと申します。王女様とご一緒できること、これ以上ない幸せにございます」


 テンパって変なことを口走るジークの後に、ユリアスは丁寧は言葉選びで挨拶をする。


 終いには流れるようなお辞儀。


 ユリアスの違いすぎる態度に、わたしとルカ、ジークの視線はユリアスを集中した。


 ユリアスがおかしい。


 いつもは僕って言ってるのに私って言うし、変な口調だし。


 まさか、緊張のしすぎで壊れたんじゃ!?


「どうしよう。ユリアスが壊れちゃったのかもしれない……」


 思わず言葉を漏らすわたしを他所に、ローラはユリアスに対し頬を膨らませ近づいた。


「ど、どういたしましたか……王女様……?」


「それなの」


「あの、それとは?」


「それをやめるの! かしこまるのダメぇ!! ジークもなの!」


「うえぇ!? あ、はい! …じゃなくて、わかった!」


「ジークはよしなの。次はユリアスなの」


「いえ、しかし立場が…………はい、これから普通に接するよ」


 ローラに押し切られるようにして、ユリアスもルカのように観念したようだ。


 そういえば、なんでローラはこんなに嫌がるんだろう。


 人間の中で立場が上の者を下の者が敬うのが普通で、敬わなかったら怒るとかなんとか……。


 とりあえずそんなことを本で知った。


 それとは真逆の言動をとるローラに、わたしは疑問を抱く。


 そこに、ローラと共に城から出てきた男が深々と頭を下げた。


「お嬢様がご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません。わたくしめはお嬢様…アウローラ様の執事をしております。ニコラス・フェルディナントと申します」


 ニコラスと名乗る執事は年老いたような声だが、動きは年寄りとは思えないほどキビキビしている。


 今まであった老人で一番元気かもしれない。


 いや、元気じゃなかったらローラの世話なんてできないのか。


「お嬢様の周りには立場を気にせずにいられる人間がおらず、ずっとその存在を求めておいででした。ので、お嬢様が決めた以上、私めは口出しなどいたしません。お嬢様のわがままですが、お付き合いしていただけると幸いです」


 ニコラスは今までの記憶を思い出すようにポツポツと語った。


 その様子からは、ニコラスがどれほどローラを大切に思っているかが窺える。


「そういうのは本人のいないところで言うものではないなの? わたくしはまだ10才だけど、もうりっぱなレディーなの」


 しんみりとした空気を前に、ローラが頬を膨らませてニコラスに鋭い視線を送っていた。


 それに気づいたニコラスは、笑みを浮かべる。


「ほっほ。たしかにお嬢様は魅力的なレディーでしたな。これは失礼しました」


「それじゃあ切り替えて、さっそく出発なの!」


 ローラが拳を突き上げ楽しげに笑う。


 ニコラスが手配したという馬車に乗り込み、わたし達は王立図書館へと向かったのだった。

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