強さへの執着

 わたしが考え込んでいると、ジークは自ずと語りだした。


「俺はルカ達みたいに家族はいなくて、俺を拾ってくれた人と2人で、小さな家で暮らしてた」


 そう話すジークは幸せそうで、和やかな雰囲気があった。


 ジークがどれだけその村人達が大好きだということが、よく伝わってくる。


「ルカは半分貴族の血が流れてて、ユリアスは家族とのいざこざで家を出たらしい。ノアさんも本当の親は知らなくて、育ての親が消えたから今探してるんだろ?」


「うん」


「実は俺もなんだ。赤ん坊の頃に拾われて、ずっと育ててもらった。よくよく考えるとこのパーティ、訳ありばっかだな」


 ジークは笑いながらそう言うが、声はどこか悲しさを感じさせる。


 ジークも本当の親とは別に、育ての親がいた。


 わたしはジークに少しの親近感を覚える。


「今までノアさんとあまり話せなかったけど、強いし可愛いし、本当に尊敬してるんだぜ。今日話せてよかったよ。いや、話を聞いてもらっただけか」


 ジークは苦笑した。


 話は終わりと言うように立ち上がり、ジークはさっとこの場を去ろうとする。


「待ってジーク。わたしの話がまだだよ」


「……」


 このまま行かせたら、たぶんわたしの中にある疑問について話せなくなる。


 そんな気がして、わたしはジークを呼び止めた。


「ははっ、そうだった。ごめんなノアさん」


 乾いた笑い声を上げ、ジークは元の位置へ戻り座った。


 ジークは、わざと笑っている。


 前にルカに指摘された、この作り笑顔。


『なんでノアはいつも、そうわざと笑っているの?』


『どういうこと?』


『とぼけないで。その笑顔、絶対作り笑顔よ。昔私もやってからわかるの。私は自分自身が壊れないように笑ってた。まぁボロボロだったけど、壊れきりはしなかった。あなたはどうなのよ? 私で良ければ聞くわよ』


『うん、ありがとうルカ。……わたしが笑うのはね、笑ってた方が幸せだからだよ。楽しければ誰でも笑うでしょ? その逆。笑うから楽しくなれるの』


 親しかった魔物が初めて死んだとき、わたしは涙が枯れそうになるまで泣いた。


 泣き続けた。


 けれど、フェルに『笑え』と言われた。


 作り笑いは、自分の本音を隠すもの。


 ジークも、絶対自分の心に蓋をしている。


「わたしはジークと違って、赤ちゃんの頃に拾われたわけじゃないよ。でも、本当の親を知らないのは同じ。育ての親が好きなのも、同じでしょ?」


 わたしの問いに、ジークは小さく頷く。


「ならさ、なんでジークはそんなになの?」


 たまに思っていた。


 たまに依頼で村に行くと、ジークは少し悲しそうな声になるときがある。


 村から離れて寂しそうにするのなら理解できただろう。


 しかしジークは悲しそうだった。


 その悲しそうにしていたことが、この強さへの執着に関連しているように思えた。


「ノアさんは目ざといな。いや、目が視えないから気づかれたのかもな」


 そう口にするジークの声は、いつもよりもトーンが落ちていた。


「俺を拾って育ててくれた人はリリアって名前で、俺はリア姉って呼んで慕ってた。ある日、俺は1人で山菜を取りに行ってたんだ。それで帰ったら――家が消えてた」


「消える…?」


「ああ。家が魔物に襲われて、全てがぐちゃぐちゃに壊れてたんだ。でもリア姉の姿はなくて、代わりに家の残骸はたくさんの血が飛び散ってた」


 ジークは拳を握り締め、歯を食いしばる。


「魔物に綺麗に食われたのか、自力で逃げられたのか、俺にはわからない。だが、少なくともその場にはいなかった。魔物のことは恨んでるけど、そこまでじゃない。俺がまずやりたいことは、リア姉を探すことなんだ」


 わたしとジークには、共通点がたくさんあることを知った。


 もちろん違うところもある。


 けれど、それぞれの目的は同じ。


「そのリア姉って、どんな人?」


「目が赤くて鋭かったけど、すごく優しい人だった。あと髪は黒く長いのと、耳が長く尖ってたな。まぁ、俺の自慢の姉さんだ」


 先程までの暗い雰囲気とは真逆で、リア姉について話すジークはとても楽しそうだった。


 たぶん、ジークの強さへの執着はこの人からなのだろう。


 リア姉を探すには、この世界を回らなくてはいけない。


 しかし無情にも、冒険をする者は弱いやつから死んでしまう。


 だから、ここまで強さを求めたのか。


 あれ、でも……。


「リア姉を探すために強くなろうとしてるんだったら、今までなんで何もしてなかったの?」


「それは……」


 あからさまに顔を背けるジークに、わたしは無理やり顔を引き戻す。


 圧を送るわたしに、ジークは観念したように話した。


「リア姉が消えたことを受け入れられなくて、忘れようとしてたんだ。けど必死にフェルを探すノアを見てて、自分が情けなくなってきたんだ」


 そう口にすると、ジークは俯いて動かなくなってしまった。


 ジークの本音を知れて、わたしは正直良かったと思っている。


 ジークの言う通り今まであまり話せてこなかったけど、ジークのことを知る良い機会になった。


「ノア〜、ジーク〜? もう20分たったと思うけど、あの2人どこに行ったんだろ」


 ユリアスの呼ぶ声が聞こえ、わたしはさっと立ち上がった。


 そして俯いたまま動かないジークに、手を差し出す。


「リア姉を探すために強くなりたいんでしょ? だから、わたしが鍛えてあげる。ほら」


 ジークは顔を上げ、わたしの方をじっと見つめた。


「……ああ。よろしく頼むぜ!」


 いつもの調子に戻ったジークは、わたしの手を取り立ち上がる。


「次は魔力操作とか教えるよ」


「おっしゃ!」


 ガッツポーズをするジークと共に、ユリアス達の元へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る