ノアの防具
防具屋に着いたわたし達は、貼り紙のないドアを開き中へと入る。
ドアにはベルが付いていて、開いた瞬間リンという音が鳴った。
「いらっしゃい。誰かからの紹介か?」
店の奥で作業していた男性は、こちらに振り返らずそう問うた。
渋い声は少し低いところから聞こえるため、身長はあまり大きくないのだろうか。
「冒険者ギルド、リンドウ支部で受付嬢をしているアリスさん。彼女から紹介してもらいました。腕がいい職人の方だと聞いています」
「……そうか。これ終わったら依頼聞くから、ちょいと底で待ってろ」
男はそう言うと、また黙々と作業に取り掛る。
男は続けていた作業を止め、イスから立ち上がりこちらに歩いてくる。
「俺はグランツ。ここの店主で、防具を作ってるのも俺だ。んで、お前さん達の依頼はなんだ? 全員分の防具か?」
「僕はユリアスと言います。今日はこの人、ノアの防具をお願いしに来ました」
そう口にし、ユリアスはわたしの肩に手を置いた。
こういう相手と話すときはいつも任せっきりなので、ユリアスには本当に感謝している。
緊張していないというか、慣れているといった感じがするので任せてしまう部分もあった。
彼の方も率先してやっているので、今ではユリアスの役割と化している。
「素早さで敵をかく乱して、剣で斬り飛ばす。素手や脚も使い、直接的な物理攻撃が主。目が視えてなさそうだな……てことは聴覚か嗅覚が優れてる可能性がある。線は細めだが力はありそう……てところか」
グランツは長い髭を撫でながら、わたしを隅々まで見回しブツブツと呟く。
この人、見ただけでわたしの戦闘スタイルを見抜いてる。
魔力のことは何も言ってないけど、こういう人を職人っていうのかな……。
「ふむ、大体わかった。お前さんは金属の鎧より、軽くて動きやすい革か布の方が良いだろう」
グランツはおもむろに何かをあさり始めた。
防具は金属製のイメージが強かったので、元々使う気はなかった。
けれど布や革の防具があるのなら、着けても良いかもしれない。
仕事にすごく真剣そうだし、グランツは信用できる職人なのだろう。
ぼったくろうとしてくる商人を、ユリアスが論破する場面は何度も見てきたのだ。
おかげで相手が信用できる人なのか、判断できるようになった気がする。
グランツはあさるのを止め、いくつかのものを近くの机に並べた。
「これはリザードの革。革防具の素材は多くがこれだ。あとはゴート、ホース、ボアとかだな」
グランツが机に並べていたのは、防具の素材になる魔物の皮だった。
ユリアスとグランツが話し合いを始めたのだが、わたしはその会話に入らず魔物の皮に触れる。
どれがいいとかわからないけど、ホースの革は嫌だな。
フォルンはユニコーンだから、ホースの革にしたら怒りそうだし。
じゃあ、無難にリザードとかになるかな。
「う〰〰ん……」
顎を手で掴み、わたしは考えているようなポーズを取る。
悩んでいるわたしに、グランツが質問を投げかけてきた。
「他に何かこだわりたいところはあるか? 例えば見た目でもいい」
「わたしは動きやすければいいんだけど、柔らかいものがいい。目が視えないから着るの大変だし、一時的に形を変えられたら楽かなって」
「着やすさと動きやすさを取るのであれば、布の防具しかなくなるな。でも布は防御力が低くて不評なんだ」
グランツは困ったように言うと、急に店の奥へ行ってしまった。
すると、ずっと黙っていたルカ達が突然話し始める。
「どうしたのかしら。なんか閃いたような様子だったけど」
「てかあの人、たぶんドワーフだよな。俺初めて見たけど、本当にちっちゃいんだな」
「ドワーフが多くいる国では鍛冶屋が多いって聞くし、技術力もすごいんだろうね」
ドワーフはこの世界に存在する人種の一つで、人間、獣人、ドワーフ、魔人、そして一番数が少ないのがエルフという。
人の姿をした魔物もいるけど、魔物は魔物、魔人は魔人と区別されているのだ。
しばらくすると、グランツが店の奥から戻ってきた。
何も持ってない?
店の奥で何をしてきたんだろう。
「グランツさん、それは?」
それ?
ユリアスがグランツに問うが、視えないわたしにはユリアスの言う『それ』がわからない。
グランツは顔からあるものを取り、指を指しながら教えてくれた。
「これは魔力が視える魔法具だ。魔力は紫色に視えて、その量によって色の濃さが変わる。さっき近づいたときに、ノアから濃縮されたような濃い魔力を感じたからな。まぁ、人間に言ってもわからんか」
人間は殆ど魔力を感知することができないと言われている。
たまたま自分の魔力を感知できた者が魔法使いなのだ。
グランツの最後の言葉も、その考えから出てきた言葉だろう。
ルカはそれがイラついたのか少し力むが、わたしは背に手を当て落ち着かせた。
説明を終えたグランツは魔法具を顔にかけ、顔をこちらに向けた。
「――っ!?」
グランツはわたしに顔を向けた瞬間、腰を抜かしたように膝から崩れた。
慌てたユリアス達が、グランツに駆け寄る。
「グランツさん!?」
「顔色が悪いわ。大丈夫?」
「す、すまん。少し驚いただけで大丈夫だ。礼を言う」
ユリアスとジークに支えられながら、グランツはよろよろと立ち上がった。
イスに腰掛けたグランツは、少し震えた声でわたしに問いかけた。
「お前さん、その魔力量はなんだ? 制御できているようだから今は安心だが、それが無意識なものならいつか暴走するぞ。色が濃すぎて何も視えない」
「暴走することはないから大丈夫。魔力制御もできるし、魔石に封印してる魔力もあるから」
「そ、そうか。魔力制御ができるのならいい防具があるぞ。これから作るから、1週間後にまた来てくれ」
途中から早口でそう言いいだしたグランツは、わたし達を店から追い出す形で店を閉めてしまった。
もしかして、怖がらせちゃった?
そんなこんなで、わたしの防具を買うのは1週間後に伸びたのだった。
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