新たな手がかり

 ルカが行きたいという服屋に付いていくと、わたしはルカの着せ替え人形にされていた。


 身体はちっとも疲れてないんだけど……精神的に疲れてくるというか、なんというか……。


 疲労を訴えても、夢中なルカは聞き入れてくれない。


 悟ったわたしは、渡されるがままに、特に何も考えずに着替えることにした。


「あなた、すごくキレイなの!」


 ルカでも店員でもない、幼く高い声が聞こえる。


 少し前からある甘い花のような匂いが、目の前から漂っている。


 服を手に持っていたルカはそれを手放し、姿勢を低くし少女に尋ねた。


「私はルカって言うの。あなたのお名前は?」


「わたくしの名前はアウローラ・フォン・アリシア。以後お見知り置きをなの」


 ルカの言葉に、少女はそう自己紹介をする。


 アリシア……ってどこかで聞いたことある気がする。


 なんだっけ。


 少女の名前にある『アリシア』。


 その言葉に聞き覚えがあるわたしは、1人首をかしげていた。


 そんなわたしを他所に、しばらく固まっていたルカがばっと膝を折り頭を下げる。


「し、失礼しましたっ。まさか王女様とは思わず……っ」


 急に畏まるルカに、わたしは思わず肩を震わした。


 び、びっくりした。


 もしかして、この子偉い人?


 人間は、自分達で決めたくらいで一人ひとりに差をつける。


 それは財産であったり、生まれであったり、学力や武力などの能力だったり、それは様々だ。


 しかし自分より位が高い人間に対し、位が低い人間は頭を下げ畏まる。


 ルカの行動からするに、この子はたぶん偉い人なのだろう。


 わたしもルカにならい、膝を付き頭を低くする。


 人間の中で生きているのなら、そこのルールにならうべきだ。


「かしこまっちゃダメなの!」


「しかしっ…」


「ダーメーなーの! ぜったいにダーメ!」


「は……はい」


 押し切られる形で承諾したルカに合わせ、わたしも同時に立ち上がる。


 ていうか、この子誰?


 先程までの緊張感が消えたからか、わたしは最初の謎に戻った。


 それを察してくれたのか、ルカがわたしに耳打ちする。


「アリシア王国の第2王女、アウローラ・フォン・アリシア様。それがこの方よ」


 この国のお姫様!?


 ルカの言葉に思わず驚きを口に出してしまいそうになったのを、わたし必死に堪える。


 国の中で国王、王妃、王太子の次に偉い人じゃん!


 つまりめっちゃ偉い人じゃん!


「なにをコソコソはなしてるなの? わたくしもまぜてほしいの!」


 わたしとルカ2人の服の裾を引っ張り、お姫様は精一杯背伸びをしていた。


「なんでもありませ……いえ、なんでもないわ。それより、どうしてアウローラ王女がここへ?」


「ここはわたくしのごようたしなの。カワイイふくやこものがたくさんあるなの」


「たまたま来る時間が被ってしまったわけね」


 ルカはいつもと変わらぬ様子でお姫様と話している。


 貴族嫌いなルカだけど、王族は大丈夫なのかな?


 いや下手なことしたら不敬罪で捕まるところもあるらしいし、隠してるだけなのかもしれない。


 わたしは会話には入らず1人考えていると、お姫様がこちらに飛びついてきた。


「おねえさん、すっごくキレイなの! はじめてみたとき、おもわずみとれてたの。おねえさんのおなまえは?」


「わたしはノアだよ。ありがとう、お姫様」


「わたくしのことはおひめさまじゃなくて、ローラってよぶなの。みんなローラってよぶから、ふたりもそうよぶの!」


「うん、わかった。ローラ」


「私もわかったわ。ローラ様」


「よし、これでいいの!」


 満足したのか笑うローラに、フェルといた頃の記憶が蘇ってくる。


 今もだけど、フェルといるときもすごく楽しかったなぁ……と。


 そうだ、フェル!


「ねぇローラ。わたしの育ての親なんだけど、"フェル"って知らない?」


「『フェル』? ……もしかしてそれ、フェンリルのことなの?」


「フェンリル?」


 ルカの問いに、ローラはこくんと頷く。


 フェンリルという名を、わたしは聞いたことがない。


 森で暮らしている間フェルから色々聞いていたので、人間の街に来ても聞いたことがない言葉は少なかった。


 伝説に関しても色々ちゃんと教わっている。


 それなのに聞き覚えがないということに、わたしは混乱した。


「フェルがあだ名や愛称で、フェンリルが本当の名前ってことかな」


「くわしくはわたくしもしらないなの。でもなまえがにてるから、そうおもったの」


 どこか申し訳なさそうな声で言うローラの頭を、わたしは優しく撫でた。


 フェルにされたことはないけど、なぜか落ち着くのだ。


 わたしが冒険者にキレ暴走した後、ルカが頭を撫でてくれた。


 その時からわたしはたまに頼み、ルカに撫でてもらっている。


「それだけでもありがたいよ。この4ヶ月間、ずっと手がかりゼロだったから……ありがとう、ローラ」


「…えへへっ、さすがわたくしなの!」


 両手を腰の横に置き、ローラは胸を張った。


 胸に何か刺さったような感じがしたが、わたしは気のせいかと流す。


「情報ギルドで聞いても手がかり何も得られなかったのに、なんでローラが答えられたんだろ?」


「それはたぶん、情報ギルドではフェルって名前で探したからじゃないかしら。それに王都には王立図書館があるし、そこで調べて見ましょう」


「そだね」


「わたくしもついていくなの!」


 ルカと先の予定を立てているときに、ローラがピッと手を上げそう宣言した。


 それに続き、ローラはまるで商売人のように自分を連れて行くメリットを並べる。


「わたくしもつれていけば、かおがきくなの。あとはみちあんないもできるし、しらべるのをてつだえるし……えっと、あとは……」


 必死に考えるローラに、わたしはふっと笑みをこぼしローラの肩を付いた。


「いいよローラ。皆で一緒に行こう」


「っ! やったーなのーっ!」


 嬉しさのあまりぴょんぴょんと跳ね回るローラ。


 その後王立図書館へ行くときには城へ迎えに行くと約束し、ローラと別れる。


 宿に帰ると、厩舎きゅうしゃには上機嫌なフォルンがいた。


 話を聞くと、どうやらユリアスに身体を綺麗にしてもらったらしい。


 そしてジークからは美味しい野菜を貰い、フォルンはとても嬉しそうだった。

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