慌ただしいギルド

 わたしはさっと背から降り、魔物に声をかけてみる。


「君、だいじょう…」


「なっ、人間!? というかなんで魔物の言葉が話せて……?」


 わたしの言葉を無視し、魔物は驚きのあまり跳び上がり混乱していた。


 このままでは話が進まないので、わたしは強引に続ける。


「わたしはノアだよ。君、さっき精霊が周りで遊んでたから苦しんでたの?」


「精霊……ああ、ずっとアタシの耳元で騒いでたのよ」


「そう、大変だったね。でももう大丈夫だと思うよ。それと君、たぶんだけど魔物蝟集ビーストフロックに巻き込まれちゃった?」


「ああ、お前――いや、アナタは神獣なの? でも人間の神獣なんて聞いたことが……」


「わたしは神獣じゃないよ。ただの人間」


「なら……なんで魔語で話せるの」


 一々答えてもいいけど、今はわたしに時間がない。


 あまり遅くに帰るとルカ達に怒られるからだ。


「聞きたいことがあるのはわかるけど、わたしはすぐに帰らなくちゃいけないの。ごめんね」


「そう、なら仕方ないわね。助けてくれたこと、心から感謝するわ」


 意外とすぐに引いた彼女に、わたしは驚いてしまう。


 それが伝わったのか、魔物が不機嫌そうに言ってきた。


「何を驚いているの?」


「いや、意外とすぐ引いてくれたなって」


「当たり前でしょ? アタシだってバカじゃないわ。時間がないって言ってるんだし、アナタと戦うなんてごめんよ」


「敵意がなければ別に殺すことはしないけど…」


 そう、わたしは魔物にもいいやつがいることを知ってる。


 だけど人間達が住む町とかの近くにいる魔物は知能が低く、本能なのかすぐに襲ってくるのだ。


「なら良かったわ。正直アタシ、アナタに勝てる可能性微塵もないだろうから」


 魔物は本当に安堵したように息をつく。


 彼女と話していると、わたしは早く帰らなくちゃいけないことを思い出した。


 急いで踵を返し走り出そうとするが、彼女に何も聞いていないことに気づく。


「ごめん、そろそろわたし帰るね。あと、君はなんていうの?」


「アタシはバトルホース。それじゃ、気をつけて帰りなさいね」


「うん。またね、バトルホース!」


 腕を大きく振り別れを告げると、わたしはバトルホースに背を向け町まで大急ぎで走った。


 結局、フェルとは会えなかった。


 だけど魔物の友達が増えたことで、わたしは焦りと共に嬉しさも感じていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 元々戦闘で息が上がりかけていたわたしは、宿の前につく頃には肩で息をしていた。


「さ、さすがに疲れた……。早くベッドで寝よっと」


 部屋に入るとルカはもう起きており、腕を組んで足をかつかつと鳴らせていた。


 そうだ、ルカは早起きだったんだ……。


 ボロボロの血塗れで帰ったわたしは、その後正座で説教を受けるはめとなったのだった。



   ◇◇◇



 翌日。


 わたしはルカの長い説教の後は深い眠りにつき、起きたらお昼前。


 急いで支度を済ませ、わたし達はお昼ご飯を食べた後ギルドに向かっていた。


 実は朝にアリスが訪ねてきたらしく、今動ける状態にあるDランク以上の冒険者は、皆ギルドに呼び出されているらしい。


 そしてギルド前に着いたのだが、中はとても慌ただしいらしい。


 いつもの酒の匂いはおろか、冒険者の騒ぎ声すらせずハウスや受付嬢の声が響いているのだ。


 何事かと思い、わたし達は急いで扉を開け中に入る。


「やっと来たかお前ら!ノアはこっちに来い。んでユリアス達はあっちのDランクの集まりに入ってろ」


「ノアさん、こちらです」


 着くやいなやわたしはアリスに手を引かれ、ユリアス達は指示通り人混みの中に入っていった。


「ノアさんはAランク冒険者なので、精鋭隊の1人になってもらいます。ユリアスさん達は4人くらいのグループ別れ、対処に当たってもらう予定です」


 スラスラと次の予定を話すアリスだが、何の対処をするのかがわからない。


 だが言わないということは、何か隠していることでもあるのかもしれない。


 わたしは聞くのをやめ、素直に案内された部屋へと入った。


「これから作戦会議を始める」


 部屋の空気はどこかピリッとしていて、1人を除き緊張感が走っていた。


「まず、マティとヨルンはここで指揮を頼む。そんでベルカは――」


 ハウスはたぶんだが、わたし達の前で広げられている地図を使い指示を出していた。


 このまま聞かなくてもいいけど、さすがに何をするかもわからず失敗して、その分のペナルティでも課せられるのは嫌だ。


 わたしは右手を上げ、ハウスの話しを遮る形で発言した。


「ねぇハウス」


「なんだノア。今は話してる途中だぞ」


「うん、そうなんだけど。要するにこれ、何をするの?」


「どういうことだ?」


 言葉がうまく伝わらなかったのか、ハウスは聞き返してきた。


 周りの冒険者達も意味がわからないというように、こちらに視線が集中している。


「だから、わたしは何をすればいいの? それで今何が起こってるの?」


 わたしなりに言い換えたけど、伝わったかな。


「ああお前まだ聞いてなかったのか。北の方角で魔物が大量発生したっていう報告が入ってな。その対処のために今話し合ってるってわけだ」


 魔物の大量発生……って、もしかして昨日のやつ?


 いやでもあそこが北とは限らないし、別のところかもしれない。


「おい、どうした?」


 1人考え込むわたしに、隣の冒険者が心配する言葉共に肩に手を乗せた。


 そんな冒険者を無視し、確認のためわたしはハウスに訊く。


「その現象ってもしかして、魔物蝟集ビーストフロックのこと?」


「ああ、そうだ。……って、よく知ってるな。その名称はほとんど昔の書物にしか載ってないものだぞ。知らんやつも多い」


「報告されたのって一箇所だけ?」


「そうだ。何箇所でも起きてたりしたら困る」


 ハウスの言葉を聞くと、昨日の件で間違いないはず。


 昔の書物にしか載ってないのは、今まではフェルが解決してたからかな。


 人間が気づく前にフェルが鎮圧してたのかもしれない。


「――昨日わたしが倒したよ、全部」


 これ以上話が大きくなり、今朝友達になったばかりのバトルホースが殺されるかもしれない。


 なのでわたしは、解決したことを言った。


 のに、なぜか皆黙ってしまったのだ。


 しばらく静かな時間が流れると、時間差で皆の声が響き渡る。


『えええええええええええぇぇッッ!?』


「……うるさ」


 その後例の場所では、死体が一つもなく血だけが大量に飛び散っていたという報告が入ったらしい。

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