魔物

 わたしは最初からトップスピードの勢いで魔物の中に突っ込んだ。


 魔物の断末魔が響く中、わたしは流れるように魔物を斬り伏せていく。


「もうっ……邪魔!」


 数が多いので足を取られぬよう、倒したと同時に虚空庫アイテムボックスへ入れていた。


 魔力消費はこの際仕方がない。


 木々に加え死体で足を取られでもしたら、そのまま数で押しきられる。


 森に住んでいたときのような、少数での戦闘ではないのだ。


 四方八方から聞こえる声のせいか、わたしは魔物に接近を許してしまった。


「――っ!?」


 とっさに身をねじり避けたものの、その頬からは血の雫が垂れる。


 その血を拭うように傷口に触れると、ピリッとした痛みが頬に走った。


「グルルルルル…」


 不意打ちを成功させた魔物は、殺気を真っ直ぐこちらに向け低く唸る。


「……人のこと言えなかったね、わたし。油断してたらわたしも、簡単に死んじゃうや」


 魔物を無視し、わたしは自分に向け嘲笑した。


 魔物の動く気配を感じ、その瞬間わたしは深く踏み込む。


 魔物の爪が、わたしに一歩届くか届かないところまで接近。


 その土の匂いをに合わせ、わたしは剣を横に振るう。


「ギャインッ」


 剣は魔物を見事に捉え、魔物は血をまき散らしながら飛んでいく。


 木にぶつかったのか身体が潰れる気色悪い音が響き、その後は違う魔物の足音が地を揺らす。


 だがその音はどこか遠く、目の前で起きているとは思えない。


 たぶん周りの魔物を一掃したおかげで、こちらに来るまでに時間ができたのだろう。


 だったら好都合……っ!


 わたしは深く息を吸い込み、吐くと同時に一気に剣を振り抜く。


「ハァッ」


 振るった剣は、斬撃で生まれた空気の斬れ目は魔物を切り飛ばしていった。


 当たり一面に液体が飛び散る音と、死体が地に沈む音が次々に耳に届く。


 だがそれで血の匂いがこの場に充満し、魔物の足音がさらに大きくなっていく。


 すなわち、そこらに並ぶ死体の数々は更に魔物を呼び寄せる――エサとなったのだ。


「グオオオオオオッ!」


「おお…いっぱい来るね……」


 皆雄叫びを上げて走ってくる様に、わたしは思わず一歩後ずさる。


 というか、あの中にフェルの居場所知ってるような魔物いたりしないかな。


 まぁいてもみんな興奮状態で、知ってても言えないのはわかってるけど。


 そんなことをぼやきながら、軽い足取りで攻撃を避け反撃していく。


「はぁっ!」


 正面から襲われれば体を横に向け、半身の状態で剣を振り上げる。


 横も同じだ。


 一歩下がり目の前を通る魔物を両断。


「うわァ」


 たまには剣で攻撃を受け、弾き返して他の魔物にぶつけた。


 数が数なために一体一体丁寧に相手をすることはできない。


 なので、先程のことを高速に、かつ同時に行っていく。


 爪や牙に剣が当たる高い音や、血が飛び散る音、魔物の悲鳴、絶叫がずっと耳で響いている。


 それにわたしは、どこか懐かしい気分になっていた。


 わたしが住んでいた森は、魔物の雄叫びや絶叫が聞こえるのは当たり前。


 "この世は弱肉強食の世界"だと本にあったが、この森はそれが顕著だった。


 戦闘を続けながらも、わたしは故郷のことに思いを馳せていた。


 そして息が少し上がってきたころ、やっと魔物を倒しきることができたわたしは一息つく。


「ふぅ…………」


「――ブモオオオオオオオッ!!!」


「ううぇあっ!?」


 それもつかの間。


 突然響いた大きな音に、わたしは肩を震わせた。


 わたしの口からは思わず変な声が出て、心臓はバクバクと大きく脈打っている。


 び、びっくりした……。


 何か考えてると思考が脱線しちゃうのは悪い癖だし、早く直さないと。


「今のなんだろう。なんか厄介な魔物でも出てきたのかな」


 声の元に向かうと、何かの叫び声が聞こえてきた。


 しかし、これは人間の言葉ではない。


「うるさいうるさいうるさい! 消えて……アタシの周りから、消えてッ!!」


 声の主は頭を振り回し、暴れ苦しんでいる様子だった。


 彼女が口にしているのは人間の言葉ではなく、魔語と呼ばれる魔物などが使う言語。


 小さい頃のわたしも、フェルも、ずっと《魔語》を使っていた。


『これからは人語を使え』


 そうフェルに唐突に言われてからは、魔語は使っていない。


 フェルが消えてからは魔語を聞かなくなり、出会う魔物も話せるほどの知能を持ち合わせていなかったのだ。


 とりあえずあの魔物を止めよう。


 こちらに気づかないほど苦しんでるみたいだし、近づけば苦しんでる理由がわかるかも。


 未だに暴れ続ける魔物に、わたしは人語ではなく魔語で話しかける。


「落ち着いて! どうしたの?」


 大声で訊いたつもりだったが、魔物は聴こえていない様子だった。


 近づいて背中に乗ってみるか。


 尻尾が自在に扱える魔物でなければ、背中に乗れば大抵は攻撃されない。


 小さい頃魔物と遊んでたおかげで得た知恵の一つだ。


 わたしはすぐに駆け出し、怯まず魔物の背に跨がった。


 暴れる魔物に必死にしがみついていると、魔物の声の他の声が聞こえてきた。


「「アハハハハハ」」


 それは子供のように高く、複数の声が重なったような不思議な声だった。


「……精霊語、だっけ? 言ってることはよくわからないけど、これが原因っぽい」


 精霊語はその名の通り精霊が使う言語。


 精霊が発する声は魔力を有しており、複数の音が重なって聞こえるのだ。


 無属性精霊以外は何かを司っており、その性格は子供っぽいところもあるが素直だと聞いている。


 頼んだら散ってくれるかもという思いが頭を過ぎ、わたしはとりあえず試してみることにする。


「「やめてあげて」」


 そう口にすると声はすぐに消え、苦しそうに暴れていた魔物も落ち着きを取り戻したようだった。

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