わたしが落ち着くのに時間が掛かってしまい、気づけばもう夜。


 町の門を抜け、わたし達は談笑を交えながら宿への道を歩いていた。


「それにしても、明日頑張るかーって言った後いきなりノアさんが泣き出すんだぜ? あんときは本当びっくりしたよな」


「ちょっ、掘り返さないでよっ」


「ノアの泣き顔なんて初めて見たよ」


「いつもニコニコ笑ってるし、ユリアス達はそうでしょうね」


 皆が笑いながら言うので、わたしは頬を赤く染めプーっと膨らます。


「ふふっ、ごめんごめん。そんなに怒らないで。でもいっぱい泣いてスッキリしたんじゃない?」


「うう……」


 ノアの言う通りで、あの後、わたしの涙腺は突然崩壊した。


 涙が留まることを知らず溢れかえり、頭の中は色々な感情でぐっちゃぐちゃになっていたのだ。


 話しを続ける3人を他所に、わたしはふと夜の町に意識を向ける。


 夜の町には、様々な音や匂いが広がっていて、昼間のときとはどこか雰囲気が違かった。


 酒場からはお酒やつま味の匂いがし、酒に酔い大いに盛り上がる冒険者達の騒ぎ声が響く。


 狭い路地ではケンカが繰り広げられており、怒声や打撃音の中に血の匂いが漂ってきた。


 家々からはよく通る赤ん坊の泣き声や、心地よい母親の子守唄が漏れていた。


 森にいた頃には全く触れてこなかった音や匂いが、今では当たり前になっている。


 そんな不思議な感覚に浸っていると、微かに知らない音が聞こえてきた。


 巨大な生き物が地面を歩くときのような重音だが、ブレブレで統一性のない細かい音。


 まるで、何かの行進のような――。


 わたしは突然立ち止まり、先を歩くユリアス達も同様に足を止めこちらに振り向く。


「急にどうしたの、ノア?」


「先に宿に戻っててよ。今日中にやらなくちゃいけない事思い出して、そっち片付けたらすぐに帰るから」


「なら手伝うぜ。今日中に終わらせなくちゃいけないんだし、他に人手あった方がすぐに終わるだろ」


「ううん、ありがとう。でも大丈夫だから」


 身振り手振りで、必死に手伝いを断ろうとする。


 こんな危険なこと、皆を巻き込むわけにはいかない。


「でも……」


「本当に大丈夫だからっ。ほら先に帰ってて」


 それでも食い下がるユリアス達の背中を押して、無理やり帰らせようとする。


「じ、じゃあ気をつけてね」


「もちろん」


 なんとか3人を帰路につかせ、わたしは笑顔で手を振り見送った。


「さてと」


 わたしは音のした方向に向かって走り出した。


 先程までの音や匂いを置き去りにしながら、夜の町をすごい勢いで駆け抜けていく。


 あの音、聞いたことがある。


 あれは――魔物蝟集ビーストフロックだ。


 ゴブリンなどを始めとした、様々な魔物達が爆発的に数を増やし溢れかえる現象。


 小さい頃一度だけ森で起き、フェルが鎮圧しに行ったことを覚えている。


 あの時も魔物達の足音や雄叫びが、重音となって森に響き渡っていた。


 この現象の原因は、突然変異で生まれた強力な魔物の魔素なのだ。


 その魔物は膨大な魔力を内に秘め、その魔素が身体から漏れ出し新たな魔物が生まれる。


 この現象の厄介なところは、その魔物は生まれた魔物達にその身を食われ、元凶である魔物を倒しても解決しないということ。


 つまり、全ての魔物を殺さないとこの現象は終わらない。


 魔物が増えるだけ魔素の濃度も濃くなるため、放っておいても増え続けるだけだ。


 数が少ない速めに対処しなければ、もう誰も止めることはできなくなる。


 それともう一つ、わたしが現場に向かう理由わけがあった。



 フェルが止めに来るかもしれない!



 昔はまだわたしも小さくて、実際の戦いは見れなかった。


 けれど、この現象の鎮静化はフェルの仕事の一つだと聞いたことがある。


 ユリアス達について来てもらうには、彼らの力は圧倒的に足りないだろう。


 連れていっても死なせるくらいなら、町で待っていてもらった方がいい。


 幸い、スライムは他の魔物達に殺されることが殆どなので相手にしなくていいとフェルが言っていた。


 フェル曰く、スライムは無駄に数が多くめんどくさいので放っておいているらしい。


 それならわたしでもなんとかなるはず。


 今は夜中で、もちろん門は閉まっている。


「仕方ないか。……よっと」


 わたしは町を覆う門壁に向かって高くジャンプする。


 けれど、わたしの手は届かなかった。


「え…」


 わたしのの身体は重力に従い真っ直ぐに落ちていく。


 わたしは上にではなく、下に向かって手を伸ばした。


 魔術で風を創り、落ちる身体を門の上まで運んだのだ。


「魔力あまり使えないし、ちゃんと節約してかないとね」


 そんな言葉を門壁の上に置き去り、わたしは地面に着地し音の方へと駆け出す。


 走れば走るほどその音は大きくなり、一つ一つの音がはっきりと聞こえるようになってくる。


「この音……たぶん200匹はいるよね」


 その数に、わたしは思わず顔を引き攣らせる。


 でもやらないと、町の皆が死ぬかもしれない。


 フェルや森の皆とは違って、人間は愚かで脆く、すぐに死んでしまう。


 昼間の冒険者達とかはどうでもいいけど、ユリアス達が含まれるのは話が別だ。


 ここまで走り続けていたわたしは、その足を止めた。


 身体を使って大きく深呼吸をする。


 すって。


 はいて。


「――よし、行こっか」

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