難癖をつけられた
「…――ア……ノア……! ……――いい加減、起きろー!!!」
「…………ん……?」
ルカの怒鳴り声で、虚ろだったわたしの意識は覚醒する。
未だ閉じていたい瞼を擦りながら、わたしはゆっくり上半身を起こした。
そんなわたしの前で、ルカは呆れたようにため息を吐く。
「やっと起きたわ、この寝ぼ助。ほら、速く着替えて」
「どこか行くの?」
「ギルドの依頼よ。あなたの防具を買うために、ある程度貯金があった方がいいって昨日話したじゃない」
ああ、そういえばそんなこと……話したっけ?
睡魔と戦うのに必死で、あまり昨日のことは覚えていなかった。
昨日はハウスに言われてたゲルデンとの試合をして、たしかAランクになったんだっけ。
そういえばわたしとゲルデン、どっちが勝ったんだろう?
「後で誰かに聞いてみよっかな」
「あら、何か言った? それより、早くベッドから出て着替えなさい。ほらっ」
わたしの独り言が聞こえたのかルカが一瞬反応するも、ルカは自分の身支度を整えながらわたしの服を投げた。
「ん、ありがと」
わたしも言われた通りに、自分の身支度を整える。
自分の服に腕を通し、水で顔を洗い歯磨き用の植物を無心で噛む。
ルカから「髪がボサボサ」だと言われ、自分の準備を終わらせたルカがくしでといてくれた。
部屋を出るとちょうどユリアス達2人と合流し、朝ご飯を済ませギルドへと向かった。
何故か刺さるような視線を向けられながらも、特に気にせずアリスに依頼の受注を頼む。
今回わたし達が受けたのは、Cランク魔物の討伐依頼。
対象の魔物はリンドウを挟んで、【デビリス草原】の真反対に広がる荒野によく出現するという。
わたし達はそこを目指し、空気の乾いた荒野に到着したのだった。
到着して早々、こちらに近づいてくる不穏な足音が聞こえてくる。
それも1人ではなく、おそらく3人。
「……誰か来てる?」
わたしが気づいた後に、ジークがそう呟く。
まだ距離があるけど、よく気づけたな。
実際、ユリアスとルカは一切気がついていない。
ジークのことはまだあまり知らないし、今度話しかけてみよう。
ジークに向いていたわたしの意識は、近づいてくる足音の主達に移る。
そしてお互い相手を認識できる距離まで来た、彼らの1人が嘲るように口を開いた。
「これはこれは、偽Aランク冒険者様じゃないかぁ。なんで
彼に続き他の2人も、嘲笑しながら侮辱の言葉を並べていく。
「あぁわかったぞ。不正でランクを上げたんだから、実力が全然足りてないってことだよな! ギャハハハハハハハハハ!!」
「ふっ、背伸びしたって早死にするだけだ。仕方がない」
「…………」
そういえば、出会ってそうそうここまで侮辱してくる人は初めてだ。
敵意を向けてくる人はいれど、ここまで直接的な人はいなかった。
目の前の人達は、あることないことを好き放題に吐き散らす。
もちろんわたしは不正などしていない。
というか、何処からそんな根の葉もないことが出てきたのか。
これが『難癖』というものなのだろう。
隣に意識を向けると、イラつきからか微かに震えるルカが俯いていた。
ユリアスやジークも黙り込んでいる。
皆彼らの言動にブチギレ寸前な気がするが、わたしは特に気にする意味もない。
……めんどくさい。
未だ言葉を吐き続ける彼らを前に思ったことは、たったこれだけだった。
なので、わたしは相手にしない選択肢を取り踵を返す。
そんなわたしに続き、ユリアス達も彼らを無視して踵を返した。
「――……ちっ」
わたし達の反応が面白くなかったのか、彼らは言葉を切り1人の男が舌打ちをする。
だがわたしが振り返ることはなく、この意味のない絡みは終わりを迎えたように見えたのだった。
――あのまま男達が黙っていれば、だが。
「無視ってことは本当に不正したのかよ。こんな子供育てた親は、どうせろくでもない奴だったんだろうなァ!! ギャハハハハハハハ…ハ…………」
耳障りな笑い声をあげる男は、消え入るように笑うのを止めた。
わたしがこれ以上のないほどの殺気を放っているからだ。
「……は?」
わたしの口から漏れ出た声は、女が出した声とは思えないほど低い。
さらには体に重圧がかかっている、そんな錯覚を起こしそうなほどの重たい声だった。
わたしの腹底では、マグマのように熱く、どうしようもない怒りが荒れ狂っている。
彼らはずっと、侮辱の言葉を吐く対象はわたしだけだった。
だが今は、フェルにそれが向いた。
わたしだけならどうでもいいし、無視していれば良かった。
だがわたしの好きな相手を、しかもよくも知らない人間が悪く言うのはおかしい。
わたしの怒りは、止まることを知らずふつふつと込み上げてくる。
ああ、こんなに怒ったのは初めてかもしれない。
今までは気にならなかったし、激しい怒りという感情は湧かなかった。
……これが、『憤り』。
フェルに読み聞かせてもらっていた物語に、よく出てきたどうしようもない怒りの感情。
わたしが放っていた
言葉も発さない。
そんな重く死をも感じる空気が場を支配する。
「――アハッ」
そんな空気の中、わたしの声がぽつりと響いた。
わたしは口角を釣り上げ、不気味な笑みを浮かべる。
フェルを侮辱した男以外、わたしの意識から消し去った。
わたしの意識に残るのは、どうしようもないこの怒りと、その男だけとなったのだ。
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