試験終わり

 特に大したこともせず試験は終わりを迎え、受付カウンターでは私のギルドカードがAランクに更新されていた。


 ハウスやユリアス達とは一緒にいるものの、先程戦っていたゲルデンは依頼があると言い先に行ってしまった。


 今は日が沈み始め、太陽の暖かさも段々と弱くなっていく。


 こんな遅い時間からの依頼なんて珍しいな。


 そう思ったが、わたしは特に訊くこともせずそのまま別れた。


「おめでとうございます! 無事Aランク昇格ですね!」


 自分のことのように喜ぶアリスは、わたしに更新したばかりのギルドカードを手渡す。


 近くにいたユリアス達はわたしとの距離を詰めてきた。


 というかいつもより距離が近かいような……。


 たぶんユリアス達はわたしの背後から、手元のギルドカードを覗いているのだろう。


 別に見るのはいい。


 だが、少しだけ……。


「重いし狭い……」


 そんなわたしを無視して、3人はどこか興奮気味にそれぞれの思いを口に出す。


「すご、マジで金色じゃん。Aランクのカードなんて初めて間近で見たぞ」


「本当に、Aランクになったのね」


「やっぱりすごいなノアは。万全な状態じゃないのにゲルデンさんと戦えてたし」


「な! 本当スゲーよノアさん!」


 興奮するあまりか、ジークの声は1人だんだんと大きくなっていた。


 ジークの声は元々通る方だったこともあり、その声はギルド内にいる人間ならはっきり聞こえることだろう。


「3ヶ月でAランクとか、俺初めて聞いたぞ!」


「(ジークっ、声がでかい!)」


 ジークが大声でそんなことを口走るので、とっさにルカがジークの口を塞ぐ。


 それと同時に小声で注意をしたが、時すでに遅し。


 ジークの通る声は、ギルド内にいた人間、入り口近くにいた外の人間、その全ての耳に届いてしまっていた。


 ジークの声を聞いた冒険者の視線は全てこちらに集まる。


 殺気にも似た鋭い視線や、絡みつくような視線、キラキラと輝くような黄色い視線など、様々な視線が飛んでくる。


「ギルドマスター、魔物達の対処についての報告書が溜まってますよー」


 そんな空気の中、女性のハウスを呼ぶ声が通った。


 その声を聞いた瞬間、ハウスは肩を飛び上がらせすぐに返事をした。


「おお、今行く。んじゃ、気をつけて帰れよ、お前ら」


「ばいばいハウス」


「おう。今日はちゃんと寝ろよ?」


「ははっ、わかってるよ」


 ハウスの言葉に、わたしは苦笑する。


 そのまま私達はギルドを出て、いつもの宿へと帰っていった。


 その夜、夕食を済ませたわたし達はそれぞれの部屋へと向かい、わたしは今日もベッドに倒れ込む。


「本当、ノアってベッド好きよね」


 ルカはその隣に座り、呆れたように言った。


 対し、わたしは重い瞼を閉じながら答える。


「だって、これすごく柔らかいんだもん。【モルス神殿】ではフェルと硬い床で寝てたし、ここに来て始めてこの柔らかさを知ったんだから……あふ……ハマっちゃったんだぁ」


「ねぇ、その【モルス神殿】ってどういうとこなの? あまりそういうことを詳しく聞いてなかったわ…………って、寝てるし」


 ルカが興味深々な様子で尋ねるが、ノアの意識はもうここにはなかった。


 ノアは規則正しい寝息を立てながらも、何故か眉間にしわを寄せ苦しそうな表情を浮かべている。


「何か悪い夢でも見てるのかしら? でも、ノアってまるで子供みたいね。色んな意味で同い年とは思えないもの」


 ノアの頬に手を添えたルカは、姉のような優しい笑みを浮かべる。


 ルカの手がノアに触れると、ノアの表情は緩み柔らかい笑みがこぼれていた。



   ◇◇◇



 体がうまく動かない。


 何かに引っ張られてるような。


 落ちているような。


 浮いてるような。


 何も触れられない。


 地面がない。


 不思議な感覚。


 髪の毛がふわふわ浮いて、少しくすぐったい。


 ここはどこなのだろう?


 何もない。


 視えないのはいつものことだけど、今は少しだけ怖い。


 いつもそばにあった温もりがない。


 そばにあるのは少し冷たい空気。


 前から、わたしを押すように風が吹いている。


 ――この感じ、初めてじゃない……?


 わたしは、この感覚を知っている。


 まるで谷底に落ちるような、吸い込まれるような、どう言ったらいいかわからないこの感覚。


 昔一度、経験したような気がする。


 ……だめだ。


 記憶が曖昧すぎてよくわからない。


 わたしは風に逆らい、手を意味もなく前に伸ばした。


 ……ここ、嫌だ。


 すごく嫌。



 誰か、助けて――…。



 そう願った瞬間、求めていた温もりとともに風が消えた。


 未だ浮いてるような感覚はあれど、引っ張られてるような感覚や、落ちている感覚はもなくなった。


 嫌という感情は湧いてこない。


 それどころか、わたしはどこか安心している。


 それを不思議だと思わず、その温もりに意識を向けた。


 あったかい。


 それに、落ち着く。


 わたしの意識は、ゆっくりと沈むように落ちていく。


 温もりとともに消えかける意識に、わたしは逆らおうとせず素直に受け入れた。


 そのとき、わたしの口からは自然とがこぼれていたのだった。

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