結果 (Side ハウス)

 ノアの仲間から飛び出た言葉に、ハウスは思わず目を見開いた。


『いつもは視えない』


 彼女はそう口にしたのだ。


「視えないほどの剣筋など聞いたことがない。10人しかいないSランク冒険者でもかろうじて視える」


(いや、神話に出てくる勇者ならあるいは……。それでも視えないというのは信じがたいことには変わりない)


 ハウスの言葉に、少し困ったような表情でユリアスが補足する。


「正確に言うと視えなくはないんですよ。ただ初めて会った時に視えなかったのは事実で、たぶん今は目が慣れてきたんだと思います」


「ということは、今のノアはいつもと比べ視える。つまり速度が落ちてると?」


「そうなんですよギルドマスター。いつもはニコニコ笑いながら敵の首飛ばすのに、今はなんか曇ってるし」


「そ、そうか」


 なにやら不穏な内容が含まれていた気がするが、ハウスは深く聞かないことにした。


 (ノアは戦闘狂なのか……?)


 疑問が多く残るが、今は試験中。


 ギルドマスターとしてこれ以上放棄してはいけない。


 ハウスは横に向いていた顔をノア達の方へと戻し、戦闘を見ながら特にノアの動きを注視した。


 2人は変わらず、ゲルデンが少し押している状況だった。


 しかし、ノアの息が上がっている様子はない。


「あはは、ゲルデン少し強くなったね」


「それを言うノアは弱くなったんじゃないか? 実際に手合わせをしたことがないからわからんがな」


「だってさぁ……」


「話すのもいいが、今は戦闘中だということを忘れるな、よッ!」


 ゲルデンが深く踏み込み、その大斧を勢いよく振り下ろす。


 ノアは顔色ひとつ変えず、その斧が彼女の髪にすら届かない。


「ちっ、さっきからちょこまかと避けやがって。本当は目、視えてるんじゃないのか?」


「だから何も視えないってば。ゲルデンの音は大きくてよく聞こえるからわかりやすいだけだよ」


「口だけ動かしていても勝てないぞ?」


「わかってるよ」


 そう言われ、ノアが攻撃を繰り出すもゲルデンは防ぐ。


「ぐっ。さすがに攻撃は重いな」


 ゲルデンがノアの剣を押し返し、ノアはその勢いで振られる斧を華麗飛び避ける。


 そしてまた衝突しの繰り返しだった。


「これでは体力が先に尽きた方の負けだな」


 これではノアの実力がわからない。


 Aランク冒険者とここまで戦えているのだからおおよそはわかる。


 だがこれは万全な状態の結果ではなくなってしまうのだ。


「頑張れノアー!」


「行けー! ノアさーん!」


 隣で大声でノアを応援する声が響いてくる。


(ノア達やお前らにも悪いが、このままだと求める結果とは別のものになってしまう)


 ハウスは静かに右手を上げ、声を張り上げた。


「両者攻撃を止めろ! 試験を中止する!」


 ハウスの声を聞きユリアス達が驚く声を上げる。


 ノア達も戦闘音に混じったハウスの声を聞き、素直に戦闘を中止した。


「急にどうしたの、ハウス」


 剣を片手に汗も流さず息も上がっていない、いつも通りのノアが歩いてくる。


 声が聞こえやすいようにか、目が視えないはずなのにこちらに顔を向け話していた。


「万全な状態以外での試験では本当の実力は測れない。何故真面目に戦わない?」


「全力じゃない?!」


「…………」


 ハウスの言葉に、汗が流れるゲルデンは驚いた様子だった。


 おそらくゲルデンは全力で戦っていたのだろう。


 ノアは少し首を傾け、しばらく黙った後に口を開いた。


「眠いから」


 この一言。


 質問に対し、ノアから返ってきたのはこの一言だったのだ。


 漠然とした返答に、ハウスは思わず質問をかさねた。


「眠いって、昨日寝てないのか?」


「昨日はまりょ……」


「まりょ?」


「昨日はちょっと夜更かししちゃって、今日は暖かくてすごく眠いの」


「そうか」


 ノアの返答は具体性がなくどこか納得できないが、『眠い』ということだけはわかった。


(というか"まりょ"ってなんだよ)


 とりあえず、ノアがこの状態では試験をする意味がない。


「ノアのランク昇格はどうするんですか?」


 横から少し不安そうにユリアスが尋ねてくる。


 ノアの本当の実力がわかったわけではない。


 だが、Aランク冒険者とは渡り合えるほどの実力は持っている。


「少しいいですか?」


 判断に悩むハウスに、下にいるゲルデンが手を上げた。


 ハウスはゲルデンを見て頷くと、親指でノアを指差した。


「Aランク冒険者になったばかりの俺ですが、それ以上の実力があるのは今のでわかりました。とりあえずAランクに上げていいと考えます」


 ゲルデンの話に、横の3人も続く。


「そうよ。実力はあるんだから上げてもいいはずですよ」


「また万全なときにやればいいんじゃないですか? 別に相手はAランク冒険者というだけで、言い方悪いけどゲルデンさんじゃないといけない訳じゃないですし」


「近頃魔物達の動きもおかしいので、ノアのような強い冒険者は早めに上げた方がいいんじゃないでしょうか」


 ハウスは本音としてはすぐにでもランクを上げたい。


 だが周りが煩くそう上手くはいかないのが現実だった。


 ユリアスが言うのも確かで、その場所にいないはずの魔物と戦ったという報告は増えてきている。


 最近では【デビリス草原】でグリーンタイガーが出たと聞く。


 他に明らかに数の多いワイルド・ボアや、ゴブリンの動きも活発になったらしいかった。


(やはりランクは上げといた方がいいか。周りが騒ぎ立てても、ノアの実力は証明された事実はあるため黙らせることはできるだろう)


 ハウスは片手をノアに向かって突き出し、声を大きくし宣言した。


「Dランク冒険者ノアを、Aランクに昇格する!」

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