変化 (Side ルカ)

「っ…ヤバ……」


 今から避けようとしても間に合わない。


 しかし、剣を取って防げる力もなかった。


 ルカは死を覚悟し、静かに目を閉じた。


 すると走馬灯のように今までの日々が脳内を駆け巡る。



 母は使用人で父は貴族。


 貴族の血が流れる以上、私は貴族の事情に巻き込まれる可能性が少なからずあった。


 父が誰なのか調べようとしたが、私にはその術はなかった。


 母も教えてくれなかった。


 そんな見ず知らずの父親のせいで、問題などに巻き込まれる可能性は0に近い。


 しかし、この世に絶対はない。


『美しくありなさい』


 だから、母は私にこう言い続けた。


『美しいものは全てを魅了し、己を幸せに導きます。しかし、上手く立ち回らなければ己だけでなく周りをも滅ぼしてしまうのです』


 その言葉は母の人生経験からの言葉なのか、詳しくは知らない。


 でも、私は言われる通りに美しくあろうとした。


 泣くこともせず、不満を漏らすこともせず、怒ることもせず。美しくない、醜いと思うもの全てを――心の奥底に押さえ込んできた。


 父が私達の存在を無視しようとも。


 同世代の子供達にいじめられようとも。


 母が過労で倒れよう…とも。


『あなたは幸せに生きな…さい……』


 その言葉を最後に、母は死んだ。


 その時、私の心の中で、一本の糸のようなものが切れたような気がした。


 そして、何故か私は高笑いを始めた。


 可笑しくて、可笑しくて、笑いが止まらなかった。


 母が死んでからの私は、ひどかったと思う。


 正しくも、美しくもない。


 醜く恐ろしい壊れた子供。


 母の言い付けを忘れ、真逆の道を突き進んだ。


 母に綺麗と褒められた腰まである髪は、肩のあたりまで切る。


 醜い感情を押さえつける心の蓋は取り払う。


 後々知ったことだが、私の父はアリシア王国の貴族であるビリーブ伯爵家。


 その当主だという。


 それだけの地位と金がありながら、彼は私達に何もしなかった。


 いや、してくれなかった。


(私の人生で輝いてるときってあったかな――…?)


 走馬灯は終わりを告げ、ルカの体は恐怖からガチガチに強張った。


 すると突然、大きな衝撃音と体が押されるほどの爆風が私を襲う。


 恐る恐る目を開けると、いつものような笑顔を浮かべワイルド・ボアを踏みつけるノアが立っていた。


 突然のノアの登場に、ルカは混乱しながら呟く。


「え……なんで……」


 ユリアス達のパーティに加わって1週間も経っていなかった頃。


 私が大怪我を負ったときに、ユリアスに言われた『ちゃんと助けを求めないとダメだよ』という言葉。


 その時、私は無性に腹がたった。


 助けを求めたって、誰一人として助けようとしない。


 自分から危険に身を晒すなんて、殆どの人ができやしない。


 その思いをぶつけるように、私はユリアスに怒鳴ってしまった。


『誰も手を差し伸べてくれる人なんて、家族以外存在しないのよッ!』と。


 でも、ユリアスは何も言わず、私の言葉を聞いてくれた。


 ジークも加わり、私は吐き出すように話した出した。


 話す中で、私の目からは久しぶりに涙が流れた。


 それと同時に、私はユリアス達に不変を求めてしまった。


 皆都合のいい不変を求める。


 都合のいい安定を求める。


 変化は何かを壊す。


 私がそうだったように。


 何かしら影響が出てしまうものなのだ。


 だから私とジークの怪我が治り冒険者活動を再開しようしたとき、ユリアスが『助っ人を呼ぼう』なんて言い出したときは思わず絶句した。


 私の必死な説得も虚しく、ユリアスはノアに声をかけた。


 ノアを見た時、私は驚きが隠せなかった。


 母も美型だと有名だったが、それとは比べものにならないほど美しく綺麗な少女だったからだ。


 最初は警戒するだけだったのだが、彼女と話せば話すほど苛立ちが募っていった。


 特にあの笑顔。


 本音を出さないようにかはわからない。


 だが、昔私もよく使っていたのでわかる。


 あの笑顔は


 作り笑顔を好き好んでやる人なんていない。


 何か理由があるはず。


 だからこそ信用ができない。


 相手の考えを読み取れる、数少ない情報源である表情は作り物。


 これ以上に胡散臭い人などいないと思う。


 だからいつも以上に噛み付いた。


 ユリアスを説得できないのなら、相手側から逃げてもらえばいいと思ったから。


 しかし作戦は失敗に終わり、そのノアに今助けられたというわけだ。


 彼女はいつものような、誰をも魅了する笑みを浮かべ私に手を差し伸べる。


「…――大丈夫?」


 ルカはその姿を見て固まる。


 あんなに強くあたったのに。


 あんなに拒否したのに。


 ノアという少女は、近づくことを止めようとはしない。


 固まるルカを前に、ノアは心配するようにオロオロし始める。


 その姿に笑いそうになるが、その前にやることがある。


 そのことをちゃんと弁えているルカは、態勢を整えて頭を下げる。


「ずっと強くあたって、ごめんなさい」


「いいよ、気にしてないしね」


 ノアの承認の言葉を聞き、ルカはどこかスッキリしたような面持ちで頭を上げる。


 すると血で汚れたノアの足元に、青くゼリーのようにプルプルな物体があることに気づく。


「ノア、足元……」


 私がノアに伝えたときには遅く、その物体はノアに体当たりをした。


「!?」


 目が視えず気づいていないノアは突然の衝撃に驚き、警戒するような態勢になる。


「このプルプルな感触、匂いも音もせず近づき体にぶつかってくる……まさか、スライム!?」


 そう言った瞬間、ノアは逃げるように走り出した。


 スライムはノアを追いかけるが、そのスピードに付いていけない。


 振り切ったノアが止まる。


 しかし、その場所にもスライムが。


 ワイルド・ボアの死体を狙っているのか、よく見ると辺りにはスライムが集まってきていた。


 ルカは思わず吹き出し、お腹を抱えて笑った。


「プッ、アハハハハハハハッ。ひーお腹いたいって」


 ワイルド・ボアを瞬殺したノアが、最弱と言われるスライムから逃げ回っているのだ。


 可笑しくないわけがない。


 ノアはスライムから逃げ回る。


 それを見て、ユリアス達3人で笑い続けるのだった。


「見て笑ってないで助けてよー!!」

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