キズ

 ユリアスはルカの背中に手を添え、頭を下げ話しだした。


「ごめん、ノア。これはたぶんルカの八つ当たりなんだ。こっちから誘ったのに、不快な思いをさせて……本当ごめん」


 重たい空気が流れる中、わたしは更に追い打ちをかける形で尋ねる。


「なんでユリアスが謝る?」


「それはっ……」


 ユリアスはそれっきり言葉を繋ぐことはなく、代わりにかジークが口を開いた。


「こいつは貴族を憎んでてな。ノアさんのような美貌を持つ女性は、殆どが貴族の家系なんだよ。だから、ノアさんが貴族だと思い込んでるんだと思う」


 ジークの言葉に、わたしはルカとの会話を思い返す。


 ルカがわたしに怒鳴り散らしたのはそういうことだったんだと、1人で納得した。


 詳しくは知らないし、正直訊く気もない。


 この状態でそれに触れたら、たぶんルカはまた暴れだす。


 訊かない方がいいと判断し、わたしはこの話題から離れることにした。


 腰にささる剣を鞘から抜き出しながら口を開く。


「とりあえず、ワイルド・ボアを倒そ。話はそれから」


 木々の方から地鳴りのような足音が響いてくる。


 その足音はユリアス達の耳にも聞こえたらしく、警戒態勢に入る中ルカが立ち上がった。


「まだ信用してない。けど……こいつらをなんとかしなくちゃいけない。私は動けるから、ユリアスリーダー、速く指示をちょうだい」


 立ち上がったルカを見上げ、ユリアスは少し戸惑いながらも立ち上がり指示を出す。


「じ、じゃあ僕とジークは村に行かせないよう攻撃しながら足止め」


「おう」


「ルカは主に倒すことに専念して」


「わかったわ」


「ノアは自由に動いていいけど、奥の方にいる奴らから相手してほしい」


「りょーかい」


 それぞれユリアスの指示に返事を聞いた後、それぞれの標的に向け走り出した。


 ノアは余裕な様子でワイルド・ボアの群れをかき分けながら、剣を片手に素早く駆け抜ける。


 ついでにワイルド・ボアの群れを3人のところに別け、それぞれが相手をするワイルド・ボアの数を調整した。


「ジーク、そっちに1頭!」


「あいよッ」


 ユリアスとジークは上手く突進を回避しながら、ユリアスが指示を出す形で上手く連携していた。


 あそこの戦闘2人であたってるし、特に気にしとく必要もなさそうだね。


「はぁッ!」


 ルカは単体で敵に突っ込み、確実にダメージを与え続けている。


 1人ながら着実に攻撃を重ねていき、囲まれぬよう上手く立ち回っていた。


 一応こっちが終わったらルカの方に行こう。足止めとかはわたし向いてないし。


 わたしは一通りワイルド・ボアを別けた後、同時に3頭を相手にしていた。


「よし。皆に上手く分けられたし、そろそろわたし達もやろっか」


「ブフーッ」


 こちらを三方向から囲み、ワイルド・ボアは鼻息を荒くさせる。


 バチバチと殺意を向けられる中、わたしは持っていた剣を目の前の1頭へ投擲。


 その剣は風を斬る勢いで飛んでいき、ワイルド・ボアは必死に避けようとする。


「ブピッ!? ブッ…ブ……」


 しかし回避は間に合わず、ワイルド・ボアの頭に突き刺さった。


 武器を手放したことを隙だと判断したのか、残りの2頭が一気に突っ込んでくる。


「わたしは剣だけじゃないのに……って言っても、人間の言葉じゃわからないか」


 突っ込んでくるワイルド・ボアに対し、わたしは上へと飛び上がる。


「ブヒッ!?」


 まさか避けられると思っていなかったのか急ブレーキをし、ワイルド・ボアは辺りをキョロキョロと見回す。


 そんな彼らを気にすることなくわたしは1頭の背中に降り立ち、もう1頭を横から蹴り飛ばした。


「ブッ…!」


 蹴り飛ばされたワイルド・ボアは他の奴らも巻き込みようやく勢いを失う。


「ちょっ、ノアさん?!」


「ははは……暴れてるなぁ、ノアは。――うわ!?」


 ちょうど蹴り飛ばした方向にいたユリアス達2人の声が聞こえる。


 呆れと驚きの感情が混じったその声は、戦闘中なのですぐに途切れる。


「とりあえずは君で最後だね」


 残りのワイルド・ボアに体を向けると、殺意を向けながらも少し震えていた。


 前足を少し後ろに引き、睨み合いのような状況となる。


「ブ……ブォォオオオオオオッ」


 雄叫びを上げながら突っ込んでくるワイルド・ボアを、わたしは脚で宙に蹴り上げた。


「ブヒッ!?」


「君はもう少し頭を使った方がいいんじゃないかな。攻撃のパターンが限定されすぎだよ」


 宙に浮き思うように動けなくなったワイルド・ボアに、追い打ちをかけるようにビンタをかます。


 耳を指すような鋭い音が響き、ワイルド・ボアは地面に叩きつけられる。


「フッ…フッ…フ……フ…………」


 ワイルド・ボアは体をピクピクと震わせていたが、最後には力尽き動かなくなったのだった。


 それを確認した後、少し離れた場所で戦うルカの元へと向かうのだった。



   ♢♢♢


「はぁ…はぁ……あークソッ。さっさと死ねばいいのに!」


 ルカは苛立った様子で呟く。


 傷だらけのワイルド・ボアを前に、息が上がるルカ。


 傷の痛みのせいか目の前のワイルド・ボアはカンカンに怒っており、鼻息を荒くさせている。


 ルカはワイルド・ボアを3体も倒しており、この個体は4体目だった。


 ただ、疲れてきたせいか死に至るまでのダメージは与えきれず、ルカが押されかけていた。


 ワイルド・ボアが突進してくると、ルカは避けようと体を動かす。


 しかし溜まった疲労もあってか体が思ったように動かず、足がもつれて転んでしまった。


「っ…ヤバ……」


 今から避けようとしても間に合わない。しかし、剣を取って防げる力もなかった。


 ルカは死を覚悟する。


 叫ぶことや悲鳴を上げることなく、ルカは静かにその目を閉じた。


 強い衝撃と痛みが襲ってくる。そう思い、体と閉じる目に力が入る。


 しかし、ルカに向いたのはだった。


 ルカは何事かと、恐る恐る閉じていた目を開く。


 そこには顔が地面に埋まりかけているワイルド・ボアと、その頭を踵でおさえつけるわたし。


 ルカの方へ向かう途中大きく飛躍し、その落下の勢いも使ってギリギリのところでワイルド・ボアに脚を振り降ろしたのだ。


「え……なんで……」


 ルカは混乱した様子で1つ、呟くのだった。

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