彼女の微笑み (Sidb ユリアス)

「俺様が弱いかどうか、その身で確かめてみろよッ!」


「待ってくださいお頭!」


 今にも飛び出しそうだったリグルを、盗賊団の1人が引き止める。


 それを不愉快極まりないとでも言いたそうな顔で、男にドスの効いた声を返した。


「あ?」


「……俺達も参加しちゃ駄目っスか? 最近遊び殺り足りないんスよ」


「残りの奴らとなら勝手に遊んでろ。俺はこいつを殺る」


 リグルは背筋が凍りそうな鋭い目付きで、ノアに殺気を放っていた。


 ノアは相変わらずそれを気にする様子もなく、リグルに声をかけた男に頬を膨らます。


「皆はダメだよ。遊ぶなら私だけ。そう約束してるんだもん」


「お前の都合なんか知らねぇ――」


 ノアに怒声を飛ばす男を、リグルは手を伸ばし制す。そして、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「殺すのは俺だが、ならいくらでもやっていいぞ。俺様は寛容だからな。それまで待っててやるよ」


 リグルはノアを殺したときのことを想像しているのか、更にその笑みを深める。


「許可も出たことだし、さっさと始めよ」


 そう口にしながら、ノアはゆっくりと歩を進める。


「おいお前らァッ、行くぞおおおおおおおおッ!」


『おおおおおおおおおおおッッ!!!!』


 総勢20人を超える屈強な男達が、雄叫びを上げてノアに突っ込んでいく。


 それを見て、ユリアスは思わず彼女の名を叫んだ。


「ノアッッ!!」


「大丈夫だよユリアス。君は絶対に、いなくならせないから――…」


 ノアは地面を蹴って一気に加速する。蹴られた地面は窪み、全体に小さな亀裂が広がっていた。


 ノアは腰の鞘に納まる長剣を引き抜きながら、手前の盗賊に向かって斬撃を重ねていく。


「なっ速……ぐあッ!」


「ぐはッ!」


「ああああああッ!!」


「腕…俺の腕がああああああッッ!!」


 その剣が直撃した者は体の一部が空を飛び、掠った者は血を噴き出す。


 剣が首に当たり、頭が宙を飛ぶ光景もあった。


「ば、化け物だああああああああッ!」


「逃げろおおおおおおおッ!!」


 盗賊達の顔は絶望と死への恐怖で真っ青に染まり、逃げ出そうとする者もいた。


 しかし、ノアは逃さなかった。


 逃げようとする者は皆脚を斬り落とされ、痛みに絶叫するも終わりは来ない。ノアが脚を斬り落とした後、襲ってくる盗賊の対処をするのでとどめをさせないのだ。


「や、やめてくれ……! ………殺さないでくれ……!」


 木に追い詰められた盗賊の1人が、ガタガタと身を震わせながら命乞いをする。


 しかし、ノアの顔は変わらず――優しい表情を浮かべていた。


「ごめんね。依頼で、やらなくちゃいけないから」


「うぐッ……う……………」


 ノアの長剣は男の心臓に突き立てられ、その盗賊は絶命した。教会が言う「死者には安らかな表情を」などとは真逆の、恐怖に染まった絶望の顔でその者は死を迎えたのだった。


「強いって聞いてたけど、皆弱いね。修行か鍛錬し直した方がいいよ」


 そう口にするノアの周りには、血で真っ赤に染まった盗賊の死体が転がっていた。


 肢体満足な体が殆どなく、ノアの圧倒的かつ残酷な攻撃が、どのようなものだったのかを物語っている。


 それはもう、地獄絵図より酷いのではないかと思う程の光景だった。


 吐き気が込み上げてこないのが不思議で仕方なかった。


「まさか……あの人数を殺るとは思わなかったな……」


 今までの現場を目にしていたリグルは、驚きと淡い恐怖の色が顔に現れていた。


 そしてノアはリグルの方へ血に濡れた顔を向け、先程の殺戮からは考えられないような微笑みを浮かべた。


「あとは君だけだけど……どうする?」


 そのノアの言動に、リグルは頬を引き攣らせながらも笑みを浮かべる。


「やるに決まってんだろ。…………だがその前に――」


 リグルがノアから視線を外す。


 その視線の先には、ナイフを両手で握り静かにノアに近づくアミがいたのだ。


 しかも、アミはノアとの距離およそ4、5メートルのところまで近づいていたのだ。


(全然気づけなかった……! 彼女のスキルか? いや、そんなこと考えてる場合じゃない!)


「後ろッ!!」


 あとちょっとのところでユリアスに見つかり、アミは舌打ちをする。そしてアミは駆け出し、一気に加速した。


 しかも、現在のノアとの距離が近いため、常人が避けられる暇などは無かった。


「ほっ」


「なッ…!?」


 突進してきたアミを、ノアは焦ることもなくひらりと華麗に避けて見せた。アミの手にするナイフは、彼女の長い青髪にすら届きはしなかった。


 そして、避けられたことによりアミはバランスを崩す。


 その隙をノアは逃さず脚を真っ直ぐに振り上げ、彼女の背中に一瞬の速さで振り下ろした。


「えい!」


「カ……ハ………ッ!」


 その威力は凄まじく、アミは息ができないのか声すら出なかった。共に、骨が砕けるような特有の音が響き、アミは痙攣を起こしながら立つことさえできなくなった。


「あとは……」


 ノアはリグルに向かって一歩一歩、ゆっくりと歩を進めていく。


「小娘、お前は一体……何者なんだ?」


「わたしはノア。フェルに育てられた、ただの人間だよ」


「はっ、真面目に答える気はねぇってか。なら……さっさと死ねえええええええええッ!!!」


 リグルは整備の行き届いていない剣を握り締め、剣先を真っ直ぐノアに向けて走り出す。


(突き技で殺す気か……!)


 ユリアスは先程から動けない自分に対しての嫌悪感から歯を食いしばる。


 ユリアスには、名を叫ぶことしかできなかった。


「ノアッ!!」


「危ねぇッ!!」


 その危険な状況に、ゲルデンも声を荒げる。


 リグルは獰猛な笑みを浮かべ、ノアの心臓に剣を突き立てようとする。


 その刹那。


 ノアは体制を低くしそれを回避。


「君、他の人間よりは強かったよ。――まだ弱いけどね」


 ノアはそう口にし、剣を左手で握り右手で押し出すようにして、リグルの腹に突き刺した。


 彼女の長剣はリグルの腹部を貫通し、腹と背の両方、口からも、血がダラダラと流れる。


「ゴボッ……ぐっ……!!」


 リグルは膝から崩れ落ち、必死に酸素を求め浅い呼吸を繰り返す。



「依頼、達成したよ」



 天使のように整った顔に返り血が流れ、その少女は微笑む。


 しかしその笑顔に、ユリアスは違和感を抱いていた。


「やっぱり、――…」


 ユリアスはぽつりと呟く。


 彼女のその笑顔は、いつも同じで、いつも綺麗だった。


 それがユリアスにとって、"違和感"という形で頭に残り続けていたのだ。

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