盗賊との邂逅 (Side ユリアス)

 ユリアスは、ノアの肩を握りしめていた。その手は微かに震えている。


 ユリアスが怒っていることは、戦闘に参加しなかったからというわけでも、言うことを聞かなかったからというわけでもない。


 彼の頭の中は、ノアを心配する気持ちで埋めつくされていた。


 ノアはなんで自己犠牲のようなマネをしようとしているのか。そう考えながら、ユリアスは思わず握る力を強める。


 たしかにノアは強い。


 だが、相手は何人もの冒険者を返り討ちにした盗賊団。


 ゴブリンなどとはわけが違う。


 技量も、知性も、力も、素早さも、何もかもが比べ物にならないのだ。


 なのに、なんでノアはああも呑気でいられるのか。


 ユリアスは必死にノアを諦めさせる方法を考える。


 ふと、ノアがおもむろに胸に手を添えた。


「? どうしたの、ノア」


 不思議に思い、ユリアスはノアに訊く。


 だがノアはそのまま固まり、答えは返ってこない。


「ちょっと剣貸して」


 動いたと思ったら、返ってきたのは問いへの答えではなかった。


「……」


 急なその言葉に驚くものの、戦闘に加わるという意思表示とも取れる言葉に、頷くことはできない。


 しかし、いつもニコニコと笑うノアの表情は、真剣そのものだった。


 その瞬間、ユリアスの目には、ある人物の姿が重なって見えた。


 その人は自分で決めたことは絶対に突き通す。だがしっかりと周りの意見も聞き、最適な方法でなんでも卒なくこなしてしまう。とても尊敬できる人。


「――…兄上」


 思わず、ユリアスの口からボソッと言葉が漏れる。


 その漏れ出た言葉に焦り、ユリアスは彷徨っていた視線をノアへと戻す。


 目の前には先程の言葉を気にする様子もなく、ただただ真剣な顔つきで剣を渡されるのを待つノアがいた。


 そしてユリアスは気づく。何故、ノアと兄が重なって見えたのか。


 決めたことは曲げない頑固者。そんな人の顔を、よく知っていたからだ。


 ユリアスは諦め、ノアへと剣を差し出す。


「死ぬなよ」


 これは、ユリアスの本心から出た言葉だった。


 その言葉にノアは、いつもの誰をも魅了する微笑みを浮かべ、その柔かそうな唇を離す。


「ありがとう」


 剣を受け取ったノアは、茂みに向かって投げた。


 急に剣を投げるため、ユリアスが何事か訊こうと口を開く。


「ぐえッ」


 その瞬間、別の誰かの声がした。


 ゲルデン、アミ、ユリアスの3人で、恐る恐る声のした茂みを覗く。


 そこには、頭から血をぶちまけ倒れている男がいた。その息はなく、奥の木にはノアが投げたであろう血に濡れた剣が突き刺さっている。


 そんなグロテスクな現場を目の前に、ユリアスは吐き気がこみ上げてきたのだ。


 ゲルデンさんも眉間に眉を寄せ、ノアに向かって絞り出したように訊く。


「ノア……これは一体………?」


「ずっとこっちをジロジロ見てたから殺しただけだよ。弱いけど殺気も感じたし、たぶん盗賊でしょ? なら殺しても問題ないよ。殺られる前に殺らないと、皆死んじゃうから」


「……」


 ユリアスは吐き気を抑えながら、ノアの方を見ていた。


 たしかにノアの言っていることは正しかった。


 この世は弱肉強食、強い者だけが生き残る。ましてや相手は人間の常識が効かない盗賊の集団。


 それでもノアに、恐怖が芽生えるのは自然なことなのではないか。


 この少女は、人間の常識を知らない。そのことを薄々は感じていた。


 しかし、人間を殺すことに躊躇がない人に、恐怖を感じるなという方が無理というものだろう。


 ユリアスは純粋なノアに対し恐怖心を覚えたことに、罪悪感のようなものを感じていた。自己肯定することで、その罪悪感を紛らわせていたのだ。


 そんななんとも言えぬ空気が流れるパーティ内で、外からかすれ気味の男の声がする。


「おおー、よくそいつの気配に気づけたな。誰が見つけた?」


 そう口にする男は、殺された彼と同じく茂みから姿を現した。髭や髪は無造作に生えていて、服も土で汚れている。


 男は全体を見回しノアに視点が合うと、歪んだ黒い笑みを浮かべる。


「見抜いたのはお前みたいだな。……にしても、とんでもねぇ上玉が来たじゃねぇか。奴隷商か貴族にでも売りつければ儲かりそうだな」


「わたしはノアだよ。君、たぶん盗賊だよね?」


「ああ、お前の言う通り、俺は盗賊だ。この盗賊団リベルを率いるリグル。それが俺様の名前さ」


 なんとも思わぬ顔で、犯罪行為をするというリグルに、ノアは呑気に自己紹介をした。


 それだけでも驚くのにも関わらず、リグルも自己紹介をした。


 そんな、今から殺し合うとは思えない空気に、ユリアス達は一言も声を発さない。


「お前みたいな小娘に負けるなんざありえねぇんだしよ、こちとら片付けが大変なわけよ」


「毎回片付けるの俺達じゃ――」


「さっさと降参して、大人しく捕まってくれるとありがてぇんだけどよ?」


 リグルが不敵な笑みを浮かべ、他の盗賊達は俺達を取り囲んだ。


 しかし、ノアは未だに警戒する様子を見せない。更には、盗賊達を煽るようなことまで言い出したのだ。


「君達、そんなに強くなさそうだね。警戒して損したよ」


「はっ、そんなこと盗賊人生で初めて言われたぜ。なら……俺様が弱いかどうか、その身で確かめてみろよッ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る