心配された

「お、終わった……」


 動かなくなったグリーンタイガーを目の前に、ゲルデンは力が抜けたのか地面に尻をつく。


 端で戦闘を傍観していたわたしは、座り込むゲルデンに近づく。


 そして手を差し伸べようと中腰になった瞬間、鋭い視線と怒った時のような低い声が聞こえた。


「なんで戦闘に参加しなかった?」


「…え?」


「『え?』じゃねえよ。こちとら死ぬかもしれねぇ状況で必死に戦ってたってのに、お前は高みの見物かぁ? あぁっ?! ふざけんじゃねぇぞっ!」


「……?」


 怒声を上げるゲルデンを前に、わたしは怒っている理由がわからなかった。


 グリーンタイガーは子供の頃に何回か会ったことがある。


 背中に乗って森を走り回ったり、焼いて食べたりもした、馴染みのある魔物だ。ちなみに美味しくなかった。


 なので、今回も遊びに来たのかと思っていたのだ。


 しかし、皆が率先して遊びに行くのでわたしは待ってることにした。


 グリーンタイガーが死んだことで、遊びは終わり。


 地面に座るゲルデンを手助けしようと思って近づいたのに、今のように怒られている。


「皆が遊び終わるまで待ってただけだけど……」


「は? 遊び? 何言ってるんだよ。もう一度言うがお前、ふざけてんのか?」


 未だ怒られている理由がわからないわたしと、そんなわたしを睨みつけるゲルデンのもとに、2人も近寄ってくる。


「まーた怒ってるよゲルデンのやつ。まあ、たしかに怒るのはわかるけどね」


 ケラケラと笑いながら近寄ってきたアミは、すんと笑うのを止めこちらにゲルデンと同じ鋭い視線を送ってくる。


「あの……一旦帰りませんか?」


 ギスギスした空気の中、1人皆と違うことを口にするユリアス。


「僕のは不注意ですが、2人とも……特にゲルデンさんなんか疲れてますよね? なので一度帰って仕切り直した方が…」


「このまま行こうよ」


 ユリアスの言葉を遮る形で、わたしはユリアスの提案を否定する。


「いや、ここは一旦帰った方がいい。想定外の相手と戦ったし、ユリアスも怪我を負っている。相手が強い以上万全の状態で挑むべきだ」


 先程までわたしを睨みつけていたゲルデンは、そのことを止め、一旦冷静に今後の動きの話に参加する。


 ゲルデンの言葉にユリアスも頷く。


「わたしは行った方がいいと思うわ。早めにってギルドから言われてるし」


 逆に、アミは2人の意見に反対の意を見せる。


 このままだとずっと話は平行線になってしまう。


 どうすればこのまま進める?


 わたしは自分の意見を通すため、良い案がないか思考を巡らせた。


「――…」


 わたしはニコッと笑みを浮かべ、1人道の先へと歩き出す。


「ノア? ……何処に行くの?」


 急に歩き出したわたしに、ユリアスが問いかける。


 その言葉にわたしは振り返り、腰に携える剣の柄に手を置いた。


「盗賊をぶっ殺しに行くんでしょう? 皆は遊びすぎて疲れてるらしいから、まだ疲れてないわたしが殺せば問題ないかなって」


「1人じゃ勝てっこない! 相手はあのリベルだぞ!?」


「危ないときは逃げればいいよ。相手は魔物じゃなくて人間なんだから、逃げようと思えば可能性はある」


 わたしは「それに」と繋げ微笑む。


 そして自分の胸の中心で、服を巻き込みながら手を握りしめた。


「一応奥の手というか――はあるから」


「最終手段…?」


 わたしはアミの言葉に頷き返す。


 その方法について話すため口を開いた瞬間、ゲルデンが話しだした。


「ならこのまま行けばいいじゃねぇか。お前の言う通り、俺達は手出しせずにお前が戦い終えるのを待つ。これでいいだろ?」


「いいよ。あ、でも戦闘以外は頼んでもいいかな?」


「戦わなければ死ぬこたねぇんだ。んなのいくらでもやってやるよ。それと、お前が死んでも俺達は知らないからな。助けに行ったところでこっちも死ぬのは目に見えてる。皆死にたかねぇんだ。死ぬなら勝手に死ね」


「うん、それでいいよ。片付けは約束だからね」


「ああ。約束は守るが、言ったことも変えねぇからな」


 ピリピリした雰囲気の中行われた会話が終わり、ユリアスがわたしの肩を掴む。


「1人でなんて無茶だって言ったじゃないか! なんであのまま話を進めたんだよ!! それに酷い内容も増えてるし……」


 俯き黙り込んでしまったユリアスの手は、わたしの肩の上で微かに震えていた。


 これが心配されるってことなのかな。


「――…?」


「? どうしたの、ノア」


 わたしは胸に手を添え、首を傾げる。


 今まで、直接心配の声を受け取ることがなかったわたしはわからない。でも、何故か胸が温かくなるような気がしたのだった。

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