77.断るしか無い!?

 呆然と見上げていた私を見た、勇者様。颯爽とパカパカから地面に降り立ち、労をねぎらうようにパカパカの首筋を撫でた。


「驚かせてすみません。こいつがまだ動き足りなさそうにしてたから、ちょっと森の中を散歩させていたんスよ。そろそろ戻ろうかと思って森を出たら、兵士さんがいたもんでつい……迷惑でしたか?」

「いえ……そんな……(迷惑だなんて、そんなことありません! 有り得ません! とっても嬉しいですっ!)」


 と、心の中では饒舌な私。だけど、何故だろう?  鎧を来ている時は、緊張しすぎて普段通りに話すことが出来なかった。多分、勇者様の行き過ぎた妄想が原因だと思うのだけど。


 ただ、このシチュエーション……これはひょっとして?


 森の手前で作業をしていたものだから、周りに同胞は見当たらない。もちろん、ここにはアシュリン先輩もいない。


 ――つまり……二人っきり……!?


 ちなみに、勇者様のパカパカGT-R君は、ノーカウントと言うことで。


 これをチャンスと言わずに、何と言うのでしょう? こうなってしまえば、欲望に走った者勝ち。闇落ち寸前までいった私には、もう怖いものなんてない。


 悪い心に素直になれば、アシュリン先輩なんて、簡単に裏切ってしまえる。悪女ヒヨリに豹変なのです。


 クケケケケケ、です。



 ◇◆◇ヒヨリハ◇◆◇◆◇◆◇◆◇アクジョ◇◆◇



 恐らく勇者様は、これからお土産のお話をするだろう。私が焚き付けたんだけど、それでも私のために調べてくれたもの。


 だったら私は誠心誠意、そのお話を聞かねばならないのだ。



『あの、委員長兵士さん。北の領地は初めてですか?』

『はい、初めて来ました』


『俺、ここの観光とか、お土産とかいっぱい調べたんです。……その、委員長兵士さんのために』

『えっ? 私のために? 本当ですか? 嬉しいです!』


『それで……その……一緒に見に行きませんか? 俺、案内します』

『あの、勇者様……私なんかでよろしいんですか?』


『もちろんです! 俺、委員長兵士さんじゃなきゃ嫌なんです』

『勇者様……こちらこそよろしくお願いします。ご一緒させて下さい』



「(えへへへぇ……)」

「あのぉ、兵士さん……兵士さんっ!」


 ――はっ!!!


 いけないいけない。闇に堕ちるどころか、欲望に埋もれてしまうところだった。


 ただ、今はまだその時じゃない。堕ちるのも埋もれるのも、チャンスをモノにしてからでも遅くはない……と、思う。


 気を取り直し、姿勢を正して緊張の面持ちで、勇者様の言葉を待つ私。とはいえ、勇者様には仮面で表情は見えない。それでも、見つめます。


「あの……兵士さんは、北の領地は初めてですか?」

「えっ? あ……はい」


「俺、ここの観光とか、お土産とかいっぱい調べたんです。その……」

「(っ!!! きったぁぁぁぁぁぁっ!!!)」


 この展開は、私の妄想そのもので。この流れのまま進めば、勇者様とお近づきになれる確率が爆上がり。仮面のおかげで見た目は冷静に見えるだろうけど、仮面の下ではだらしない表情になっている実感がある。


 とりあえず、気持ちだけは緩まないように気を引き締めま、歓喜の瞬間を待つことに。一度閉じられた勇者様の口が、今まさに開かれようとしたその時。


 勇者様の後方、山積みになった魔獣の残骸の後ろから、アシュリン先輩が現れたのだ。


「(ん”な”っ”!!!)」


 私と勇者様に気づいたアシュリン先輩は、すぐさま残骸の山に身を隠す。そして、仮面の半分だけを覗かせ、こちらを伺い始めた。


 ハラハラしているのかも知れない。覗かせている仮面が、小刻みに震えているようにも見えた。


 それを知らない勇者様。私の妄想通りにいけば、この後に、お誘いの言葉を出してくるはず。頬を高揚させ、視線を宙に彷徨わせるその表情が、すごく可愛く見えてしまう。


 でも、グロテスクな魔獣の残骸に、身体を預けて小刻みに震えるアシュリン先輩がとっても不憫で、胸を締め付けられてしまって、私は……私は……


 私は…………


「申し訳ございません、勇者様。残骸の処理を急がないと、二次災害が広がってしまいます。私は他を手伝いに参りますので、勇者様は焼却の方をお願い致します」


 そう言って、深々とお辞儀をする私。身体を元に戻す際に、チラリと見えたアシュリン先輩は、穏やかな様子でうんうんと頷いてた。仮面で表情は伺えないのだけど。


 上体を戻し、勇者様に背中を向ける。それから遠くで作業をするマリマリたちを見つけ、足早にそちらに向かっていく行くのだった。



「う”わ”ぁ”ぁ”ぁ”ん”っ”! 勇”者”様”と”お”買”い”物”し”た”か”っ”た”で”す”ぅ”ぅ”ぅ”!!!」



 そうして、私達にとって初めての討伐遠征は大勝利で終わり、勝利報告会が領主様のお城で盛大に執り行われることに。


 勇者様や騎士団はもちろんのこと、王宮兵士にもご馳走が振る舞われ。しかも、この戦いに参加した戦士全員に、報奨金をいただけることに。


 当初は冷徹で堅物の噂のあった北の領主様。だけど、やっぱり国王様と同じ血筋なだけあって、頑張った者への労いは手厚かった。


 好感度、爆上がりです。



 ◇◆◇リョウシュサマ◇◆◇◆◇◆◇◆◇カンシャデス◇◆◇



 ちなみにのお話。


 あの後で、何があったか分からないけど、結局サリッシュ先輩の告白は上手くいかなかったようで。ただ、勝利報告会では終始、スッキリした笑顔をみせていた。


「勇者様に告白など、烏滸がましことを考えてしまった自分を今は恥じている。あのお方の御心は、私なんぞではとても、受け止めることはできないよ」



 そう言って、遥か遠くを見つめるサリッシュ先輩。ホント、何があったんだろう……


 ――う〜〜〜ん……気になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る