76.不審者過ぎる!?

 魔王軍の残骸の処理も、ひと段落ついた頃だ。闇落ちを回避出来た私は、マリマリ達の所に戻ろうと仮面を被り、移動を始めたその時だった。


 採掘場の詰所の前で、サリッシュ先輩がウロウロしているのを見かけた。


 たまに動きを止めたかと思えば、詰所の中を覗き込もうとするサリッシュ先輩。結局は除き込めずに、再び徘徊を始めている。


 ――ふぇっ? なにっ? 不審者過ぎて、ちょっと怖い。


 どうしたのだろうと思い、声をかけようとした瞬間に思い出す。アシュリン先輩は勇者様に告白すると、高らかに宣言したことを。


 そして私は悟った。アシュリン先輩は、そのタイミングを計るために、詰所の中を伺おうとしているのだと。


 という事は、あの詰所の中には勇者様が、おられるかもしれないということ。もし本当におられるならば、私は早くこの場を離れなければならない。


 何故なら、勇者様はこの世界に来て嗅覚が研ぎ澄まされたと言っていた。だから私の香水の香りを、嗅ぎ分けることができるのだとか。


 だとすれ、私がここにいると詰所から出てくるかもしれない。そうなると、アシュリン先輩と鉢合わせとなることに。


 ――でも……それはそれでいいのかも知れない。


 私が近くに居ると分かれば、何も知らない勇者様はきっとこちらにやって来る。そうすれば表でウロウロしているサリシュ先輩に気付くだろう。


 そうなれば、サリシュ先輩も不審者を続ける事もなくなるし、告白のチャンスにもなるだろうし。


 そこで私は大いに悩む。大いに大いに悩んでしまう。


 私だって勇者様とは、お近付きになりたい……とは思う。お話ししてると、とっても楽しいし。それに、勇者様の世界のことを、もっと知りいし。


 あわよくば仲良くなって、そのあかつきにはお食事にとか、お付き合いとか。


 ――えへへぇ……はっ!


 いけないいけない、今度は欲望に支配されてしまうところだった。


 ただ、二日前に、アシュリン先輩が勇者様に告白すると公言している。それを知ってて、先輩の前で勇者様とお話なんて出来ない。


 いつもお世話になっている先輩に対して、不義理となってしまうし。


 勇者様とはたくさんお話がしたい。でも、先輩を裏切る様なことは出来ない。でも、ひょっとしたらお付き合いに……いやでも、アシュリン先輩にはとっても可愛がってもらってるし……


 ――ふぇぇぇっ………


 気が付けば、私もその場ではウロウロし始めていた。これではどちら不審か分からない。


 いや、どちらも不審者にしか見えないし。



 ◇◆◇ユウシャサマカ◇◆◇◆◇センパイカ◇◆◇



 結局、私はサリッシュ先輩に気づかれないように、あの場所を離れた。何となく誰とも会いたくなかったから、人目につかない所に向かって移動する。


 ふと、気がつくと、そこは勇者様が魔獣を切り刻んだ場所だった。詰所からは木々が視角になっていてる。ただ、おぞましい光景が広がっているために、回収作業をする兵士も少なかった。


 そこで私は兵士剣を抜き取って、魔獣の破片を突き刺しながら一箇所に集め、残骸の山を作る。


 破片が広範囲に広がっているために、黙々と回収作業することで、気持ちを落ち着かせることが出来た。結果、至る所に身長よりも高い山が出来ていたのだけど。


 その光景は生々しく、おぞましさ三倍増しだった。



 ◇◆◇キモイ◇◆◇◆◇◆◇キモイキモイキモイ◇◆◇



「ふぅ……これでよしっと」


 最後の破片を突き刺して、残骸の山に放り込む。周りにできた作業の成果を眺めて、達成感に浸っている、その時だった。


 背後から不意に、声をかけられたのだ。


「あの、兵士さん」

 ――ふえっ? ふえぇぇぇっ!?!? なっ! なななっ、なんでぇぇぇっ!?!?


 勇者様です。


 振り向けば、真っ黒なパカパカに跨った、戦闘用の衣装を纏った勇者様がおられたのです。そのお姿は、とても凛々しくてステキだった。


 驚きすぎて、心臓が飛び出るかと思った。けど、さすがは王宮支給のプレートアーマー。体の中の衝撃すら受け止めてくれて、致命傷にならずに済んだのだった。


 とっても感謝です。


 でも、なんで勇者様がこんなとこに? 先程のアシュリン先輩の行動を考えると、詰所の中に居るとばかり思っていた。


 だからこそ、鉢合わせにならないように移動してきたのに、これでは此処に来たのが全くの無意味になる。


 ――と言うより、勇者様が追ってきた? 

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