72.北の領地で勇者様!?

「ったく! 何やってんだよ、お前」

「はぅぅぅ……すみません。もう大丈夫です」


「ホント、お前って会う度に、飴玉食ってんなぁ」

「ふえっ? あめだ……ま? あの、勇者様。”あめだま”って、何ですかぁ?」


「あぁ……えっとな、お前が食ってて喉に引っ掛けて、再び食って喉に引っ掛けた、そのキャンデってやつだよ。俺の世界じゃ飴玉って言うんだ」

「へぇ、そうなんですかぁ。なんだか面白いですね」


 何となく、イジられた気もしたりしなかったり? でも、勇者様の世界の事が、ちょっとだけ知る事が出来たので、気にならない。


 ――もっと知りたいなぁと、思ってしまうんだけど。


「んで? お前はこんな所で何やってんだ?」

「えっと、お買い物です……ね」


「違う違う……って、まぁ聞き方が悪かったな。えっとな、何でお前が北の領地の都市にいるんだって事だ」

「ふえっ? ……えと……えぇっと……えぇぇぇっと……ふぇぇぇっ!?!?」


 ――不味いです。


 勇者様は、私が兵士だってことを知らない。勇者様から見た私は、野菜屋さんで仕事をしてる女の子でしかないのだ。だから今、私がここに居るのは不自然でしかないのかも知れない。


 それに、何故か私も本当の事を言えずじまいで。勇者様の妄想が暴走して、兵士の私を全く別人の様に説明してくるものだから、言い出せなくなってしまっている。


 確か、委員長兵士さんとかなんとか……


「えっと……あのですね、これには深いわけがありまして……」

「はぁ? 深いわけ? ……あぁ……そっかそっか、そういう事か!」


 本当の事を言うタイミングも分からなくって、どうやって説明しようかと思ってたその時だった。何故か勇者様は納得した表情で、ウンウンと何度も頷き始める。


 その様子を不思議に思っていた私に、姿勢を戻した勇者様がこんなことを言ってきた。


「旅行だろ?」

「ふえっ? 旅行!?!?」


「だってよ、観光案内書、持ってるじゃないか」

「…………へっ?」


 そう言って、私の膝元を指さす勇者様。そこには先ほど、お菓子屋さんに頂いた観光地の案内書が乗っている。どうやら、私が北の領地に観光に来ていると、勘違いしてくれているようだ。


 ――うん! この際、それに乗っかってしまおう。


「えと……ですね、お休みを頂いたもので……」

「へぇ、それは良かったじゃないか。で、観光か? それとも、スポーツか?」


「ふえっ? すぽぉ……つ? あの……勇者様、”すぽぉつ”って何ですかぁ?」

「あぁ、こっちじゃ運動で通じるんだったな。スキーやスケートの様な運動の事だ」


「あっ、運動の事なんですね。でも”すきー”? ”すけーと”? えと、スキイやスケイトのことですかぁ? 勇者様の世界とは、ちょっとだけ呼び方が違うんですね」

「ん? そう言えば、俺のいた世界とこっちの世界じゃ割と、共通点や呼び方が似てるのが多い気がするな」


 またまた勇者様の世界の事を知ることが出来て、実はとっても嬉しい。自分の知らないことを知れるのは楽しいし、それが勇者様の世界のことなら尚更だし。


 ――だって、この世界の人は誰も知らないことなんだもん、ね?


「それで、お前は観光か? 運動か? って、お前ってトロそうだから観光だよな」

「ふえっ? とろ……そう? 勇者様、”とろそう”って、何ですかぁ?」


 またまた新しい言葉が飛び出した。しかも、勇者様は言葉を出し終わって、ニッコリと微笑む。きっと、いい言葉なんだろうと思って、ワクワクしてしまう私だった。


 ――可愛ぃとか、綺麗って意味かも知れないし。勇者様が微笑むんだから、きっと褒め言葉なんだろうなぁ。


「あぁ、運動神経が鈍いってことだ」

「ぷぅぅぅっ!!! 勇者様っ! 酷いですっ!」


 右頬をプックリと膨らませる私。それを見て、勇者様は楽しげに笑っている。その表情がなんだか子供っぽくて、可愛くて。


 それ以上、とても怒る気にはなれません。


 ――むぅぅっ……なんかズルい。

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