第9話 師匠、ミスドはありません。

墓場。墓地。この墓地は森林に囲まれていて、全体的に薄暗い。

時間はまだ昼時だと言うのに、闇に包まれていて、瘴気が漂っているようだった。


「兄さん。手いいかな?」

ノナも流石に怖かったらしくて、そんな提案をしてきた。

すらっとした細い色白な手が差し出される。

それを傷だらけの醜い手のひらで包み込む。

何故か恋人繋ぎなのだが、まぁ動揺して気にする余裕もなかったんだろうな。


俺の師匠であった千秋さんはここの中央で眠っていた。


この薄暗い墓地が居心地のいい場所であることは神に誓ってNOと言えるが、千秋さんは少し変わっていたからもしかしたら気に入っているのかも知れない。


そんな妄想をしながら、墓に近づいた。


すると空気が一変した。


思わず握っていた手を離してしまう。


墓石は上半分が砕かれていて、足元は赤い二重の円で囲まれていた。


やばい。明らかにおかしい。


警戒色の虫に近づかないように人間は本能である程度野危険を察知できる。

これもその一種だった。


この円の中は誰が見ても分かるように罠だ。


ノナにも見えているだろうが、一応警告しておこうと思って


「ノナ。この墓。近づかないほうがいいかも知れない。」

隣りにいるそいつに警告したのだが…。


「どうして?ここが目的地でしょ?薄暗いからって怖がり過ぎだよ兄さん。」


もしかして、見えてないのか。


「何が?何かあるの。墓も全然普通だよ。もう苔まみれではあるけど。全然大丈夫だよ兄さん。」


そう言ってノナは右足をその円の中へと入れてしまった。


が、特に何も起こらなかった。


「ほら、なにもないよ。兄さん。」


にこやかに不相応に微笑んでいた。


もしかすると誰かのいたずらだったのかもしれない。


そう思い、足の先端だけ円の中に入れてみて、後悔することとなった。


墓から伸びてきた腕が折れの全身を包み込み、墓の中へと引っ張ってゆく。


「兄さん⁉

何で、絶対それ罠だって言ってたじゃない。」


なんとノナは俺の後ろに立っていた。


そうだ。そうだよ。だって俺はノナの手を離したじゃないか。


じゃあ握っているこの手は誰のだよ。

隣で赤い円の中に堂々と入っていったこいつは、ノナのじゃなかった。

見てみると、グニャグニャに屋と土に帰っていく気持ち悪い泥人形だった。


やられた。幽霊には思考能力がないってのは嘘だった。


「待ってよ、兄さん。」

ノナが走って追いかけてくるが、間に合うはずもなく。


何十、何百の腕によって、俺は抵抗できずに墓石の中へと連れていかれた。


***


さて、どうしたものか。灰色の薄暗い空間の中にパイプ椅子が2つある。

近くにあるサビだらけのパイプ椅子にしかたなく腰掛けると、向かい側の椅子に知っている顔が現れた。


「やあ久しぶり。」


「お久しぶりです。」


「私のもとに来てくれて哀しいよ。」


「いやぁ、俺が来たのは墓参りであって、こんなカツ丼出されてもおかしくないような取調室じゃないんですけどね。」


「ははは。面白いこと言う。君は笑いのセンスでも磨いたのかい。」


「それよりですね。今日はいとこも来ておりまして、単刀直入に言うと早く帰りたいわけなんですよ。」


「帰るか。君が無事に帰ってくれるようにしたはずなんだがな。」


「どういう意味ですか?」


「余談は後だ。今は時間がなくてな。少し急ぎ足で頼む。」


「じゃあ、後悔はしてますか?」


「当たり前だ。ここじゃあ、ミスドすら食えないんだ。

全く。私の好きなエンゼルフレンチくらい置いておけってんだ。」


「確かに好きでしたね。

遺書に書いておいてくれれば、お土産として持ってきたのに。」


「ははは。面白い冗談だ。

だがまぁ、あの適当な遺書に書くことなど特になかったからな。

君が死ぬときにはそうするといい。」


「それでですね。俺は帰れるんでしょうか?」


「んー。少し難しいかもね。私は全然いいんだが、隣人が無茶苦茶お怒りだからね。」


「勘弁してほしいですね。

俺だって終わらぬ課題に唾つけるくらいのことはしたいんですけどね。」


「終える気がないなら意味なくないか?」


「意味はありますよ。罪悪感は半減できます。」


「不真面目だね。まあ私の弟子だからな。それくらいはするかもな。」


そう言って彼女はクスクス笑っていた。


「では餞別代わりに耳寄りな情報を教えてあげよう。」


「本当に耳寄りなんでしょうね。」


「君には不思議な力があるんだ。まあ力というより体質といったほうが適切かもね。」


「どんなのですか?」


「幽霊と取引できる能力かな?」


「え。マジですか。かっこいい名前とかあるンスカ?」


目をきらめかせて質問した。思春期真っ盛りの男子高校生が特殊能力に憧れないわけがない。


「ヘブンズドアーってのはどうだろう?」


「残念ながら有名すぎる先人がいます。」


「それじゃあ仕方ない。それに別に名前とかは必要ないよ。君は彼らにとっての餌みたいなものだからね。勿論今の私にとってもね。」


「師匠と取引するってのは駄目なんですか?」


「今は駄目だね。私は全然いいんだが。今の状態だと君を丸ごと全部飲み込んでしまう。

またここに来るようなら、そんときに乞うご期待って感じだな。」


「なるほど。」


本当に餌みたいだ。

でも能力とかカッコつけて捕食されてるだけとかカッコ悪いな。


「じゃあ、私はもう行くよ。達者でね。」


「ええ、師匠も。」


「君が無事に買えることを祈っているよ。」


そう言い残して師匠は消えた。

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