第8話 ちょっとそこの墓場まで
例の事件から数日。
消えたアキを目にすることはなかった。
この喪失感は知っていた。
かつて千秋さんのときも同じ感覚になった。
失ってから気づく大切さなんてありきたりな表現はしたくないが、正しくその通りだった。
こんな夢を見てしまったのもそのせいなんだろうな。
タイミングが合いすぎて悪い。
ひどく吐き気のする朝だった。
けれども、俺は眠気眼をこすりながら、俺は出かける準備をした。
夏なのに短パン着ないやつの気がしれないとか思っていたが、つい周囲に合わせてジーパンを着てしまった意志の弱い人間は俺だった。
適当に黒のT−シャツを着て、リュックサックを背負って出かけようとする。
すると狙ったようなタイミングで声がかけられた。
「あれ、兄さん。出かけんの?」
「今日はあの日だから。ちょっとな。」
真っ黒なT-シャツをつまんで答える。伝わるかどうかは怪しいが、別に伝わらんでもいい。
むしろ、そっちのほうが幾分気が楽だろうし。
「私も行っていいかな?」
「来てもいいけど、ノナが来ても楽しくないよ。」
「いいよ。別に暇だし。」
「じゃあ用意してきて、なるべく黒い服で。」
最寄り駅までチャリを漕ぐ。
少しも空気を読まない太陽はクソあちい。もう少し自重してくれないものだろうか。
ノナは半世紀ぶりのチャリと言っても信じられるくらい錆びついたそれで俺の2倍の重力かかってるんですと言われても信じてしまいそうなほどの低速を披露していた。
額に流れる汗水は部活帰りの中学生を彷彿とさせるが、ただの帰宅部エースであるからして錯覚である。
そんな超低速移動を開始してやっとのことで最寄り駅についた。
実際、30分かかってるし、全然最寄りくない。バスで来るべきだったと後悔した。
駅からいくつか電車に乗る。
電車の窓から流れる景色が視界に映るけど特に何も思わない。
感受性が死んでいて機能していない。いわゆる虚無状態。
やっぱり家にいればよかったかもしれないと怠け癖が身についていた事を知る。
「兄さんは、アキちゃんいなくなって寂しい?」
電車に揺られていると、突然ノナが話しかけてきた。
それもなかなかにシリアスな話題だ。
どう答えるべきか少々悩む。
「寂しく無いかな。アキは最初から死んでるから。」
情けないことに必死で理屈にすがっていた。
実際俺もまだ整理がついてないのだ。
「私は寂しいかな。師匠さんの時はよく分かんなかったけど。
今回のは寂しいよ。
触れたことも話したこともなかったけどさ。」
「そっか。」
しばし、静寂が訪れる。
電車内の冷房は俺の汗と血液を冷やしていき、回りだした脳を酷使する。
まずはアキが消えたこと。あれは死んだのだろうか。
そして、アキの正体。もし俺の予想通りなら、この目的地で何かが起こるはずなんだが。
誠に自信など一ミリもなかった。それだけ不完全な奴らであるし。
あまりにもそちらの世界との縁がなかったからテレビの特番程度の知識しか持ち合わせていないのだ。
「兄さん。今から行くのってさ。アキちゃんのとこなんだよね?」
静寂の中で勘付いたのか、模範解答にたどり着いたノナはそう聞いてきた。
「そうだよ。」
アキの話を鵜呑みにすれば、アキは千秋さんの幽霊だ。
「ならさ、また会えるのかな。あの子は墓の前で待っててくれたりしないかな。」
「どうだろうな。幽霊経験はあんまりないんだ。」
恋愛経験はもっとねぇんですけど。
俺の自虐ネタなんかどうでもいいと言わんばかりに電車は進み、時間通りに田舎街へと到着した。
電車の冷房が恋しくて、まだ乗っていたかったが、そういうわけにも行かない。
電車から降りて、開口一番。
「あぢぃ。」
「同感。」
シリアスな空気すらも蹴破るほどの暑さ。
空気が読めていないのは地球の方じゃないかとそう思った。
セミの音は倍増、人の数は激減。
これこそ田舎。
ノナが住んでいたのもだいぶ田舎だったはずだ。
俺より耐性があるんじゃないかと思ったが、すぐに自販機に駆け寄ってポカリを買っていた。
美少女とポカリ。なんかCMでみたことあるような光景だな。
「兄さんも飲む?」
そう言ってポカリを差し出してくる。
「いいのか?口づけだぞ?」
視線をそらしてじれったそうに「仕方無いじゃん。」と言う。
せっかくなので頂くとしよう。そう思ってボトルを傾けようとしたその時。
容器に穴が空いて空中で分解し、服がびしょ濡れになった。
「え?なんだ今の。」
流石に理解できない。
俺の記憶ではペットボトルの強度はもう少し強かったはずだし、今の高圧カッターみたいな風は見たことがない。
なにか手から赤い液体が出ていて、小指をケガしたのだと遅ばせながらに理解する。
だが、不自然だ。小指の傷は第一関節の方向に矢印をほったような傷だった。
ノナは不自然そうに見ていたが、俺の指が怪我しているのを見て絆創膏をくれた。
可愛いうさぎさんの顔面が血で滲んで、狂気みたいになってしまう。
「開発者誰だよこれ。」
小指に気味の悪い絆創膏を貼りながら、大地に捧げてしまったポカリを見るでもなく眺める。
結局、その後にお茶を2本買って、墓地へと向かった。
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