第46話 最終決戦 3

 飛び出してきた男は、金髪のエルフでした。遠目にもはっきりわかります。グレミオに間違いありません。


 グレミオはピラミッド型の基底部中央にある石階段を、よろめきながらも必死の様子で降りてきます。ときどき、おびえるように振り向いて、後ろを確かめています。


「グレミオ!」


 博士が叫びました。グレミオはこちらへ向かって、まっすぐ走ってきます。右手で左腕を抱えるような、不自然な姿勢です。


「た、助けてくれ!」


 すぐそばまで来ると、グレミオはあえぐように言いました。そのまま、石畳にへたりこみます。荒い息が、本気で逃げてきたことを示していました。


「どういうことじゃ!?」

「カエルが謀反をおこした! カエルの分際ぶんざいでこの私に刃向かった!」


 グレミオは、左腕を抑えるようにしていた右手をどけました。左手の袖口と、その袖を押さえていた右袖が真っ赤に染まっています。左袖の先に、本来あるべきはずの左手がありません。左の手首から先を失っていたのでした。全員、思わず顔をそむけます。


「食料の備蓄が残り少ないから節制しろと言ったら暴れだしたんだ。そうしていきなり噛みつきおった! なんなんだあいつは!」

「なんなんだって、フロッガってのは、もともとそういうもんだぜ」

「このバカモンが! とんでもないモンスターを召喚しおって! ビアンカ、応急処置を頼む。こやつは生かして連れ帰り、裁きを受けさせねばならぬ」


 博士はグレミオにむかって、呪文を唱えました。痛み止めの呪文です。グレミオの苦痛にゆがんだ表情が和らぎます。博士はさらに詰問しました。


「アミュレットはどうしたんじゃ?」


 グレミオはやぶれかぶれです。せせら笑って言いました。


「食われちまったよ! 私の左手といっしょに、ヤツの胃袋の中だ!」


 ビアンカが治療道具を取りだし、止血と応急処置をはじめたときです。半開きになっていた遺跡の扉が、荒々しく開かれました。巨大なカエルの獣人が姿を現します。背丈よりも長い槍を手にしています。


「ドゥルク!!! ドゥルク!!!」


 フロッガは恐ろしい声で吠えると、扉の前から広場へと一気に飛び降りました。地響きを立てて着地します。砂塵がもうもうと舞いあがりました。


「全員、下がってろ。巻き込まれるんじゃねえぞ」


 クロコディウスが剣を抜きました。




 一匹目と同じく、フロッガはおぞましい姿のモンスターでした。ナモナイ村で戦った相手よりもさらに巨大です。クロコディウスとの比較で推測すると、おおよそ五メートル近い身長があると思われました。身長よりもさらに長い槍を手にしています。鋭い槍の穂先が、鈍く光っていました。


 顔つきや体液の気持ち悪さも、大きいぶんだけさらにスケールアップしています。皮膚はオリーブ色でした。半開きに開いた口の中には、鋭い歯がのぞいています。


 クロコディウスとフロッガは、広場のほぼ中央で対峙しました。


「オレ様のかわいい舎弟を殺したってのは、オメエだな?」


 フロッガが、ドスのきいた低い声でうなりました。


「ああ。俺だ。これから、かわいい舎弟とやらにあの世で会わせてやるよ」


 グレミオが狂ったように叫びました。


「フロッガ! 貴様、よくも裏切ってくれたな! 私の恩を忘れおって!」


 フロッガはギロリとグレミオを睨みつけると、怒鳴り返します。


「ふざけるな! オレ様はオメエの家来でもなんでもねえ! オメエが勝手に召喚しただけだろうが! オメエに恩なんかねえ! 言うこと聞いてほしいなら、食い物を持ってこい!」


 ふたたびクロコディウスに視線を戻すと、槍を構えました。


「さあて、カタをつけようじゃねえか、ワニ野郎。オメエから食ってやる!」


 その言葉を合図に、フロッガはものすごい勢いでクロコディウスに飛びかかりました。カエルの跳躍力を生かし、数メートルをひとっ飛びです。そのまま、体重を乗せた凶悪な槍の一撃が繰り出されました。後ろに大きく飛びのいて回避するクロコディウス。槍は大地に突き刺さり、砂煙が上がります。


 砂煙がおさまった後、さきほどまでクロコディウスが立っていた石畳には、槍でえぐられた深い穴が開いていました。劣化防止の魔法など、役に立たないほどの破壊力なのです。


 続けざまに、槍の攻撃が襲ってきます。二撃、三撃、四撃。大地に、次々と大穴が開いていきます。

 紙一重で回避するクロコディウスですが、最後の攻撃が腕をかすめました。左腕から血が流れます。


「ドゥルク! ドゥルク! おいワニ野郎、やるじゃねえか!」


 フロッガは愉快そうに笑いました。戦いと殺戮を楽しんでいるのです。


「へっ、こっからが本番だぜ!」


 クロコディウスは、剣を担ぐいつもの構えを取りました。低い体勢から自らフロッガの間合いに飛び込みます。フロッガの猛烈な槍がクロコディウスを襲います。


 とつぜん、クロコディウスの動きが止まりました。わざと動きを遅らせてタイミングを外したのです。槍が空を切り、クロコディウスはフロッガの懐に入り込みました。槍では対応できない、剣の間合いです。


「ウオオオッ!!」


 フロッガが吠えました。両者は激しく激突します。


 吹き飛ばされたのはクロコディウスのほうでした。十数メートルも後方へ、地面にたたきつけられます。


 懐に飛び込まれたと知るや、フロッガはみずからさらに距離を詰めて剣の間合いを外し、クロコディウスの剣が振り下ろされるよりも一瞬早く、渾身こんしんの体当たりを食らわせたのでした。

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