第45話 最終決戦 2

 スフィンクスは門をふさぐ位置どりで、一行の前に立ちふさがりました。数千年ぶりに任務を果たせるとあって、ずいぶん嬉しそうです。

 重々しい声で謎をかけました。


「ではいくぞ。朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足で歩く生き物とはなにか? さあ、答えるがよい!」

「えっ?」

「え……」


 博士とジャッキーが、思わず拍子抜けした声を漏らしました。こんな直球の謎かけだとは思わなかったのです。

 しかしビアンカは、そんな機微きびなど気にしません。嬉々として答えました。


「あー、あたしそれ知ってる! 答えは人間でしょ!」

「なっ!!!」


 答えを聞いたスフィンクスは、驚愕の表情を浮かべました。目が泳ぎ、はげしく動揺しています。


「ばかな! たかが人間の娘ごときに!」


 無理もありません。彼はかつてこの謎かけによって多くの戦士を悩ませ、打ち負かしてきました。こんな簡単に正解されたのでは、面目が丸つぶれです。


 スフィンクスは知らなかったのです。この謎かけが『スフィンクスの謎かけ』として超有名になってしまったことを。吟遊詩人の物語や演劇にまで取りあげられて、すっかりネタバレしてしまっていることを。


 失意のスフィンクスが、がっくりとうなだれたそのときです。ここにもうひとり、空気を読めない者がいました。


「待てよ。そりゃおかしいだろ。人間はいつだって二本足じゃねえか?」


 クロコディウスです。ビアンカが反論しました。


「なに言ってんのクロっち。スフィンクスの謎かけには、人間って答えることに昔から決まってるんだよ?」

「納得できねえな。なんでそうなるんだよ?」

「ええっと……」


 言葉に詰まったビアンカの代わりに、博士が説明しました。


「朝昼夜は、幼児期、成人期、老年期を意味しているのじゃ。幼児期にはハイハイで四本足、老年期は杖をつくから三本足なのじゃよ」

「杖は足じゃねえだろ」

「そりゃそうだが、比喩というものでな。そうじゃなスフィンクスよ?」

「いいや、不正解だ! 杖は足ではない! ここは通さぬ!」

「なんじゃと!」


 スフィンクスの爆弾発言が飛び出しました。実は人間で正解なのですが、あまりにも悔しくて、つい言ってしまったのです。


「あーもう! どーすんのよ! クロっちの責任だからね!」


 ビアンカが怒りますが、クロコディウスは動じません。


「安心しろ。俺はちゃんと正解を知ってるんだ」

「ほ、ほほう。ならば答えてみよ!」

「俺が元いた世界の、マングローブ・エントだ。幼体は四本足でゆっくり歩く。成体になると二本が自然に抜けて、二本足になる。老体になると補助足がまた生えてきて三本足になるんだ」

「そんな生物など聞いたことがない! でたらめだ!」

「じゃあ、正解はなんなのか言ってみろよ」

「決まっている! 正解はにんげ……!」


 スフィンクスは言いかけた自分の言葉を飲みこみました。正解が人間だと言ってしまったら、不正解だと言った自分の嘘を認めることになります。嘘つき呼ばわりされるなど、スフィンクスのプライドが絶対に許しません。


「ふ、ふんっ! もう知らん! おまえたちのような者と話しても時間の無駄だ! 勝手にするがいい!」


 返答に窮したスフィンクスは捨てぜりふを残したかと思うと、ひとっとびで台座の上へと飛び乗りました。あっというまに、灰色の石像へと変わってしまいます。呼びかけても、もう返事もしなくなってしまいました。


「結局は通すんじゃねえかよ。こっちこそ時間の無駄だったぜ」

「でも、ちょっとカワイソーだったね」

「あやつも暇を持て余しておったのだろう。責務から解放してやる方法があればいいんじゃがのう」

「へっ。そんなことしたら、世界中でなぞなぞ大会が始まっちまうぜ」


 一行は門をくぐりました。この先にはいよいよ、グレミオとフロッガが待っているはずです。






 門をくぐった先は、平たんな広場のような空間が広がっていました。かなり広い空間です。広場の一番奥、門からは百メートル以上は離れていますが、その真正面に、遠目に見えていた遺跡が建っていました。砂丘の上からだと見下ろす角度でしたが、門の中からだと、遺跡は見上げる角度で目に入ります。その視覚効果は絶大で、とてつもない威圧感でした。


 遺跡の上に威風堂々いふうどうどうたる権力者が立ち、広場にはおおぜいの家臣たちがきれいに整列してひれ伏す。そんな古代の光景が目に浮かぶようです。


 広場の中央には、幅が十メートルほどもある石畳が、遺跡までまっすぐに伸びています。遺跡や門とワンセット、といえばいいのでしょうか、この石畳もひびひとつ入っていない、建築当時のままの姿です。


 クロコディウスを先頭に、一行は石畳の道を進みます。

 朝まで晴れていた空はいつのまにか雲におおわれ、鉛色に変わっています。一陣の風が石畳の左右の砂地をなでると、乾いた砂が音を立てて巻き上がりました。




 ほんの二十メートルほど進んだときです。突然、遺跡から恐ろしい悲鳴が上がりました。クロコディウスがすぐさま剣を抜きます。


 遺跡の上部、建物部の中央にある扉が勢いよく開かれました。中からは男が一人、転がるように飛び出してきます。


 


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