第44話 最終決戦 1
運命の朝が来ました。
みな、朝日が昇るころにはもう起きだしています。この一戦の重要性は、誰もが知っています。黙々と出発の準備を整えました。
「セカ・イサンまでどれくらいかかるんだ?」
「馬だから、二時間もかからないぜ」
クロコディウスの問いにジャッキーが答えました。
「ようし、行くか!」
「ちょっと待った」
一声かけたクロコディウスに、待ったをかけた者がいます。博士です。
「なんだよ?」
「忘れるところじゃった。これをつけるのじゃ」
博士が手に持っているのは、バーバ・ヤーガから買ったシラカバのメダリオンでした。
「いらねえだろ、そんなの。つーか、まだ持ってたのかよ」
「あたりまえじゃろ、わしは四シルバーも払ったんじゃぞ。そんな簡単にポイできるか。払った代金のぶんは役に立ってもらわんと」
嫌がるクロコディウスの首に、博士はむりやりメダリオンをかけさせました。鎖が長すぎて、本来なら胸のあたりを飾るはずのメダリオンが、腹のあたりまで垂れ下がっています。動くたびにぶらぶら揺れて、わりと邪魔くさい感じです。
「みっともねえなあ、ったく」
クロコディウスは文句を言いながら、メダリオンを鎧の下に挟みこむようにして落ち着かせました。
今度こそ、本当に出発です。
二時間ほど馬をすすめたときです。これまでにない大きな砂丘を登り終えたところで、道案内のジャッキーが馬を止めました。砂丘のてっぺんに立って、前方を指さします。
「見てみな。あれがセカ・イサンだよ。この大砂丘からだと、全体がよく見わたせるんだ」
眼下には、驚くべき光景が広がっていました。
「これが、セカ・イサンかよ……」
「なんか……すごいね」
初めてセカ・イサンを目にしたクロコディウスとビアンカは、その威容に言葉を失います。
セカ・イサンは巨大な遺跡でした。一辺が数百メートルはありそうな正方形のピラミッド型基底部と、その上に載っている建物部分からなっています。大ざっぱにいうと、ピラミッドを地上十メートルくらいの高さで切り取って、その上に建物を建てている感じになります。
それらはすべて、明るい灰色の石で造られていました。
建物部分のメインは、中央にある三角屋根の平屋建て建築です。城というよりは
遺跡の周囲を、ぶ厚く高い石造りの壁が取り囲んでいました。正面には大きな門が見えています。
もうひとつ、目をひく建造物がありました。門のすぐ外に、大きな石像が配置されているのです。ライオンの体に人間の頭部をもった怪物、スフィンクスの像でした。
「セカ・イサンは、古くからある遺跡じゃ。ファンタジア王国建国当時にはすでに遺跡となって、このように砂漠に忘れられておったらしい。わしも何度か調査に来たが、近づくとすごさがもっとわかるぞ」
学者だけあって、博士は感慨深げです。
「行こう、こっちだ」
ジャッキーに促され、急斜面を迂回して遺跡へと近づきます。
近づくとすごさがもっとわかる、と言った博士の言葉は本当でした。セカ・イサンの迫力に圧倒されます。
しかも、メインの遺跡と門とスフィンクスだけはまったく劣化が見られません。周囲の壁が風化してところどころ崩れたり、ひびが入っているのとは対照的です。
「遺跡とスフィンクスには魔法的な劣化防止が施されておるが、いまだに詳しいことは解明されておらんのじゃ。防壁だけは後の時代になって増築されたものらしく、造りも雑なのじゃよ。……さて、わしのうんちく話はここまで。みな、心の準備はよいな?」
全員、無言で頷きあいました。一団となって、門へと近づきます。そのときでした。
「よく来たな、愚かなる旅人たちよ!」
頭上から、威圧的な声が降ってきました。クロコディウスが反射的に剣を抜きます。
「あ、あれ!」
ビアンカが空中を指して叫びました。見れば、門のわきに鎮座するスフィンクスが、三メートルもありそうな高い台座の上からこちらを横目で睨んでいます。
灰色の石像だったスフィンクスの体に、どんどん色がついていきます。あっというまに生命を取り戻したスフィンクスは、ひとつ大きく伸びをすると、台座から飛び降りました。
「まさか、これだけのときを経てもまだ機能が失われていなかったとは。恐るべき魔法技術じゃ」
博士が感嘆の声を発しました。学術的興味もけっこうですが、いまはそういう場合ではありません。スフィンクスが言いました。
「この門を通りたくば、わが謎に答えよ」
博士が答えました。
「そのまえに尋ねたい。さいきん、この遺跡に入ったエルフと、カエルのモンスターがいたはずじゃ。知っておるか?」
「そのような者は知らぬ。ここ数千年、誰も通してはいないぞ」
「そんなワケねえだろ。昼寝でもして見逃したんじゃねえのか?」
プライドの高いスフィンクスは、むっとしました。
「無礼なことを言うワニめ。昼寝で見逃すなどありえぬ。おおかた、崩れた壁から忍びこんだのだろう」
「え? そういうのは見張ってないのかい?」
ジャッキーの素朴かつもっともな疑問に、スフィンクスは平然と答えます。
「とうぜんだ。我はこの門を守るよう、創造主から命令を受けているのだぞ? 崩れた壁など管轄外だ」
「あ、そうなんだ……わりと頭かたいんだな……」
「元が石像じゃからのう。脳筋より、もっとカチンコチンじゃよ」
なんとなくバカにされているニュアンスが伝わったのでしょうか。スフィンクスはイライラしはじめました。
「おい、エルフに人間にワニども、いいかげんにせんか。そろそろ謎かけをするぞ!」
「いや、しねえよ。そういうことなら俺たちも崩れた壁から入るからよ、門を通らなくていいんだ。じゃあな」
クロコディウスの返事に、スフィンクスは困った顔になりました。
実のところ、遺跡が放棄されて以来、ほとんど誰も来ないので退屈でしょうがないのです。数千年ぶりの『話し相手』を簡単に逃がすわけにはいきません。
苦しい理屈を考えました。
「いいや、だめだ! 一度でも通ろうと思った以上、逃がすわけにはいかん!」
「カマッテチャンかよ。ったく、めんどうなヤツだぜ」
一行はしかたなく、スフィンクスの謎かけに付きあうことになりました。
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