第42話 オアシスの戦い 2
激しい雷撃のあと、ようやく目を開けた皆が見たものは、地面にくっきりと跡を残した円形の黒焦げでした。直径が三十メートルもあろうかという黒焦げです。雷撃は、砂漠の砂すら焦がすほどの威力だったのです。
敵味方ともに、呆然としています。たしかに、恐るべき破壊力ではありました。究極魔法の名に恥じない魔術です。
ただ……誰もいないところ、なにもない場所に雷を落としてどうなるというのでしょうか?
「おい、博士よぉ、これってまさか……」
「ウソだよね? あんなカッコよく決めといて、そんなことないよね?」
「え、えっと、もしかして、わし……狙いを外しちゃった……とか?」
砂漠の風が、博士の足元をもの寂しげに吹き抜けていきました。なんともいえない気まずい空気がただよいます。
その気まずい雰囲気を払しょくしたのは、シヤレスキーでした。
「素晴らしい! 完璧じゃ! みな、上空を見てみよ!」
いまだに上空にとどまっている渦巻く雲の中心から、なにかがゆっくりと降りてきました。よく見ると、人間のようです。
砂漠に降り立ったのは、全身鎧に身を固め、剣と盾を持った男でした。ただし、普通の人間ではありません。屋敷にいたときのシヤレスキー同様、半透明の姿をした幽霊だったのです。
「騎士のトム、見参!」
男は博士の前へ来ると、高らかに名乗りをあげました。続いて、二人目が降りてきました。こちらは長槍で武装しています。
「番兵のトム、来ましたぜ」
まだまだ、次々と降りてきます。
「猟師のトムっす」
「鍛冶屋のトムでござんす」
「行商人のトムでございます。毎度どうも」
「物乞いのトムと申しやす。右や左の旦那様」
人間だけではありません。
「ワンワンワンッ!」
犬のトムです。
「ニャアアーオ」
猫のトムです。
「…………」
鳴かないので非常にわかりにくいのですが、ウサギのトムです。
こうして、合計三十六体のトムを名乗る幽霊たちが、博士の目の前に勢ぞろいしたのでした。
「あの、シヤレスキー様、なんなのですか、これは?」
博士はわけがわからず、首をひねるばかりです。いぶかしむ博士に対して、シヤレスキーは嬉しさにうわずった声で叫びました。
「わからんのかねアリゲイト君! 君は究極魔法をみごと完成させたのじゃよ! 発音も詠唱動作も完璧じゃった! 彼らを見なさい、これぞわが究極オリジナル魔法、三十六名のトムを召喚する『サンダース・トム』じゃよ!」
「あの、サンダーストームは雷撃魔法のはずでは……」
「だーかーら! アレンジしたと言ったじゃろう? サンダースのサンが数字の三にかかっておるのじゃ。だから三ダースで三十六名!」
「……そんな魔法の本質にかかわるところをアレンジなさったのですか……」
シヤレスキーはもう有頂天です。幽霊たちに号令をかけました。
「さあ、勇敢なるトムたちよ! オアシスを占拠する悪しき者どもを倒すのじゃ! ゆけ!」
幽霊たちは雄たけびをあげながら砂丘を駆け下り、オアシスへと突撃していきます。続いて、アイアンランスに跨ったクロコディウスが進み出ました。
「博士、アンタ最高だぜ! 雷撃でも幽霊でもどっちだって構やしねえよ! これで勝てるぞ!」
クロコディウスは幽霊に負けじと、後を追って一気に馬を走らせたのでした。
オアシスのならず者たちはあわてふためき、完全に浮き足立ってしまいました。なにしろ、幽霊が集団で襲いかかってくるなど想定外です。
騎士のトムが剣で斬りつけ、番兵のトムが槍で突き刺し、猟師のトムが矢を放ちます。鍛冶屋のトムはハンマーで殴りかかり、犬のトムは噛みつき、猫のトムは引っかきます。物乞いやウサギも、たぶんなにかの役には立っているでしょう。
幽霊の攻撃以上にならず者たちを絶望させたのは、自分たちの攻撃が効かない、という致命的な事実でした。肉体を持たない幽霊に通常の武器で攻撃しても、剣も槍も素通りしてしまうだけなのです。強力な魔法の武器があれば話は別ですが、ならず者がそんな高価なものを持っているはずがありません。
計算し尽くされたことなのか、それともただの偶然なのかはわかりません。が、シヤレスキーの究極オリジナル魔法サンダース・トムは、ただのオヤジギャグ魔法ではなく、この戦いにおいては恐るべき魔法だったのです。
勝負はつきました。反撃する手段のないならず者たちは半数以上が討ちとられ、残りの者たちは逃げ去りました。オアシスの村は奪還されたのです。
暮れなずむ夕刻、すべてを終えた幽霊たちは、ふたたび博士とシヤレスキーの前に集まりました。今度は砂丘ではなく、オアシスの村の前です。
「幽霊諸君、みな、ご苦労であった。それからアリゲイト君、君には厚く礼を言わせてもらうぞ。今日は私にとって、最後にもう一度、オリジナル魔法を世に送り出したいという念願を果たせた日となった」
そう言うと、杖が緑色に光りました。杖の先から半透明の煙のようなものが立ちのぼります。煙は博士の前で、シヤレスキーの姿をとりました。
「君が私のオリジナル魔法を発動してくれたおかげで、どうやら私の抱えていた未練は消え去ったようじゃ。これで心おきなく昇天できる。本当にありがとう」
「逝かれるのですか。せめて最後の戦いを見届けていただきたかった」
「いいや。それは生きている君たちに任せよう。アリゲイト君、ワニ君、小娘君、それから斥候君。この世界を頼んだぞ」
シヤレスキーの足が地面を離れ、ゆっくりと浮きはじめました。三十六名のトムたちも浮きはじめました。三十七体の幽霊たちは、別れを惜しむかのようにゆらゆらと上空へのぼっていきます。シヤレスキーが地上を見下ろし、手を振っていました。笑いながらなにか言っています。辞世のギャグだったのかもしれません。でも、その声はもう地上からは聞き取れませんでした。
地上のみんなが見送るなか、彼らの姿は遠ざかっていきます。そうしてついには、砂漠の月夜に溶けこむようにして消えていったのでした。
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