第41話 オアシスの戦い 1
遊牧民の常駐キャンプを出発した一行は、オアシスの村を目指してひたすらに進みます。馬がないジャッキーは、博士と二人乗りです。
進むにつれ、気候は乾燥のどあいを強めていきました。喉が渇きます。真夏でなかったことだけが幸いでした。
ステップ草原はしだいに、草がまばらになっていきます。一日目の行程が終わるころには、一行の周囲にはほぼ草の生えない、砂と岩の大地が広がっていました。
二日目は砂漠を突っ切ることになりました。ここからは、魔法のガイド杭はありません。博士に代わって、ジャッキーが道案内をつとめます。
ときおり風に吹かれて砂漠の砂が舞いあがり、目や口に入ってこようとします。体じゅうが砂まみれ、じつに不快です。これまでに砂漠を旅したことがあるのはジャッキーだけ。慣れない一行にとっては、なかなかに厳しい旅です。
さんざん悪戦苦闘しながら、四人はようやくの思いでオアシスを見下ろす岩陰にたどり着きました。
四人がたどり着いたのは、砂丘のてっぺんに大きな岩が突きだしている場所です。岩陰に隠れるとちょうどオアシスからは死角になり、風よけにもなります。ジャッキーが偵察中に目星をつけておいた、絶好の隠れ場所でした。
「いい場所見つけたな、ジャッキー。やるじゃねえか」
「そうだろ? こっち、ここから敵が見えるんだ」
ジャッキーとクロコディウスは二人並んで腹ばいになり、岩陰からオアシスをうかがいました。
いま隠れている岩からオアシスへと、砂丘がゆるやかに傾斜して下り坂になっています。高低差は十メートルほど、距離は二百メートルくらいでしょうか。意外なほど、近づくことができています。
「どうじゃ?」
「うじゃうじゃいるぜ。ここから先、隠れる場所はねえ。一気に勝負だな」
博士に答えるクロコディウスでしたが、ここでまたもやシヤレスキーが口を出しました。
「どうだワニ君、私の魔法を試してみないかね? 損はしないはずじゃよ?」
全員がシヤレスキーを見ました。杖なので表情も仕草もわからないのですが、口調は自信ありげです。クロコディウスは軽く目を細めました。
「ようし、じゃあやってみな。どんな魔法だか知らねえが、開幕で一発かましてから特攻しよう。ジャッキーは博士とビアンカを頼むぜ。討ち漏らしてこっちへ来たヤツをなんとかしてくれ」
「わかった、なんとかする。任しとけって」
クロコディウスは、アイアンランスにまたがりました。黒鹿毛の馬体が、ぶるっと震えます。
「ではアリゲイト君、はじめようかね。私をしっかり握りたまえ」
シヤレスキーがそう言うと、杖が白く発光しはじめました。光は杖を握った博士の手に集まって光球となり、やがて手から腕へ、腕から肩へ、肩から首、そして頭へと移動していきます。
「おおおっ! 見えますぞ、これは十三大究極魔法のひとつ、サンダーストーム!」
博士が興奮した声で叫びました。どうやら博士には、白昼夢のように魔法の手順が見えているようです。
「見えたようじゃな、アリゲイト君! それこそが究極魔法サンダーストームにアレンジを加えた私のオリジナル魔法じゃ! さあ、放ちたまえ!」
「お待ちください! わしは魔法学者にすぎませぬ。魔導書も持たずに究極魔法など使えるはずがないではありませんか」
シヤレスキーの杖がふたたび光りました。
「そんなことはない! たしかに、君は残念ながら魔法の素養に恵まれなかった。だが、魔法に関する君の知識は一級品じゃ。魔術師の道を挫折して、失意のあまり堕落した者を私は何人も知っておる。だが君はそうではない。それだけの知識を身につけるには、人知れぬ苦労と葛藤があったはずじゃ。私はそういう君の知識と努力を、きわめて高く評価しておるのだよ! これは決してギャグではない!」
「シヤレスキー様!!」
「魔力は私が補完しよう。さあ、自信をもって詠唱するがいい! 君ならできる!」
「ははっ!」
博士は立ち上がり、岩陰から出ました。胸を張り、背筋を伸ばし、砂丘のてっぺんに立ちます。その堂々とした姿は、いつもの博士より一回りも二回りも大きく、頼もしく映りました。
右手にシヤレスキーの杖を握った博士は、両手を大きく広げました。呪文の詠唱がはじまります。朗々と詠じられる神秘の呪文が、砂漠の風に乗ってあたりにこだましました。
オアシスのほうがざわつきました。大声で叫ぶ声も聞こえてきます。博士の姿と、呪文の詠唱の声に気がついたのでしょう。
「……博士って、こんなスゴイ人だったっけ?」
ビアンカが思わずひとりごとを漏らします。
博士の詠唱は佳境にはいり、その声はいちだんと力強さを増しました。ついに、その呪文が発動されるときが来たのです。
雲ひとつなかった空が、急に暗くなってきました。雨雲に似た黒っぽい雲が、博士のやや前方、一行のいる場所とオアシスの中間あたりの空に急速に集まってきます。集まった雲は形を変え、空中で渦を巻きはじめました。
「黒雲よ、われ、汝に命ず。雷撃もて、わが敵を撃つべし! サンダーストーム!」
博士の詠唱がひときわ大きく、呪文の最後の一節を響かせました。杖を持った右手を上方へ大きく掲げると、前方へと振り下ろします。
その瞬間、渦巻く雲の中心部がまばゆく輝きました。そして、轟音とともに、ひとすじの雷撃が、一直線に砂の大地を撃ったのです。一撃目を皮切りに、さらに数えきれないほどの雷撃が大地を襲います。空気を激しく震わせる轟音とあまりのまぶしさに、目を開けているどころか、立っていることさえできませんでした。
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