第40話 遊牧民のキャンプ
ようやく森を抜けた一行の前には、ステップ草原が広がっています。見渡す限りの乾燥した草原地帯なのでした。
「ここから先は、乾燥した草原が続く。草原を越えたら、ヒヨリ・ミスルとの国境にある砂漠地帯じゃ。セカ・イサンはその砂漠の中じゃぞ」
博士が旅行ガイドよろしく解説します。
「街道が無くなっちまったじゃねえか。どこいったんだよ?」
「街道はここで自然消滅しておるんじゃ。この先はまず遊牧民の常駐キャンプを目指す。そこから砂漠へ入り、オアシスの村へ向かう。その村がセカ・イサンとヒヨリ・ミスルの分岐点じゃな」
博士はステップの少し先のほうを指し示しました。杭のようなものが地面に刺さっています。
「あの杭は微弱な魔力を発するようになっておる。わしでも感知できるほどの簡単なルートガイドの魔法じゃ。あれをたどっていけば、迷子の心配はないぞ」
こうして博士を先頭に、一行は草原へと踏み出しました。
博士のガイドにしたがって半日ほど馬を進めると、遊牧民のキャンプが見えてきました。ここは遊牧民たちのベースキャンプとでもいうべき場所です。彼らは通常、家畜を飼いながら移動生活をしているのですが、まんいちのための拠点としてこのキャンプだけは引き払わず、交代で誰かが常駐しているのでした。
今日も十張ほどのテントが建っています。一見するといつもと変わらない光景ですが、遊牧民の姿も、家畜の姿もありません。聞こえるのは風の音だけです。
と、テントの中から誰かが出てきました。見覚えのある顔、ジャッキーです。
「遅いじゃないか。なにやってたんだよ?」
ジャッキーはテントから這い出してくると、自分の体にまとわりついている砂ぼこりを払いました。
「いろいろあってさ。遅くなっちゃったんだ。元気?」
「元気かって聞くほどは経ってないだろ。ほんの数日だぜ?」
いつものようにビアンカとしばしじゃれあうと、ジャッキーは報告をはじめます。
「だいたい想像はつくと思うけど、遊牧民は北へ避難していったよ。グレミオはセカ・イサンの遺跡に立てこもってる。でさ、まずいことにカエルがもう一匹いるんだ。クロコディウスが倒したやつより、もっとでかいやつが。グレミオと一緒にいる」
「やっぱりな。たぶんそうだろうと思ったぜ」
ジャッキーはいったん言葉を切りました。ビアンカが水筒を渡すと、喉を鳴らしておいしそうに水を飲みます。それから、ふたたび話を続けました。
「もうひとつ、やっかいなことがあるんだ。オアシスの村が、ならず者たちに占領されてる。グレミオはこのへんの土地を勝手に『エルバール王国』って名づけて、ならず者を国民と呼んでるんだ。もちろん最初はグレミオが雇ったんだけど、好き放題ができるもんだから傭兵くずれや犯罪者に噂が広まって、だんだん数が増えてるんだよ。いまはもう、百人以上いるんじゃないかな」
「まったく、あのグレミオというやつはロクなことをせん。迷惑なやつじゃ」
博士がいまいましげに舌打ちしました。
「ヒヨリ・ミスルの動向はどうじゃな?」
「ギルドの情報だと、国境線を固めて動く気配はないってさ。あいつらの、いつもの手だよ。ぎりぎりまで
「あいかわらず、というわけじゃな。協力は望めんのう」
そうこうするうちに日が暮れてきました。全員で一番大きなテントに入ります。遊牧民が置いていった干し肉やチーズで腹ごしらえをしつつ、車座になって作戦会議です。
「オアシスを避けてセカ・イサンに行けないの?」
「偵察してきたけど、無理だと思う。あいつら、けっこう上手に見張りを配置してるんだ。中に軍隊の経験者がいるんだろうな」
「けどよ、百人はちょっとまずいぜ。いくら俺だって、いっぺんに百人は相手できねえぞ。分散されたら博士とビアンカを守りきれねえ」
「ふぉふぉふぉ。どうやら私の出番のようじゃな」
いままで黙っていたシヤレスキーが、急に話に加わってきました。事情を知らないジャッキーが、驚いてひっくり返りそうになります。
「うわっ! なんだこの杖! びびったじゃないか!」
「自己紹介でもしようかい? うむ、いい出来じゃ! ワハーハハハッ!」
「えっ……と……」
「……すまん、うっかり忘れとった。こちらはシヤレスキー様といって、往年の大魔導士様なんじゃ」
「ダジャレは聞かなかったことにしろ」
「あ……うん。それで?」
「たかがゴロツキの百人ていど、私のオリジナル魔法で蹴散らしてやろう、ということじゃよ」
自信満々で断言するシヤレスキー。とうぜん、本人以外はきわめて懐疑的です。
「できるの? 失敗したら世界のピンチなんだよ? オヤジギャグでスベるのとは違うんだよ?」
「心配無用じゃよ小娘君。私の必殺、イニシエのイニシエーションをお目にかけようではないか。いまのギャグ、意味わかったかね? イニシエは昔の意味、イニシエーションは儀礼、ちょっとひねって魔法のことをこう言ってみたんじゃよ? 今日は好調じゃな、ワハーハハハッ!」
「説明しなきゃわかってもらえない時点で、終わってるぜ」
すっかり話の腰を折られてしまった一行でした。もう、作戦会議もへったくれもありません。でたとこ勝負でやるしかありません。シヤレスキーのオヤジギャグと笑い声が響く中、夜は更けていきました。
オアシスの村までは、ここからほぼ二日です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます