第39話 魔女の占い
廃墟となった屋敷の前で、杖に憑依したシヤレスキーは感慨深げに言いました。
「この屋敷には、長いこと世話になったわい。さらばマイハウス」
続いて、一行に向かって言います。
「さて、これからセカ・イサンへと向かうわけじゃが、その前にひとつ、立ち寄らなければならん大事な場所がある。案内するからついてきてくれ」
「まーた寄り道かよ、ったく」
クロコディウスはめんどくさそうですが、大魔導士がどうしてもという以上、行かないわけにもいきません。シヤレスキーの案内で、一行は森を進んでいくことになりました。
シヤレスキーは、森の奥深くへと三人を導いていきました。森の中は古い大木に空まで覆われて、だんだんと薄暗くなっていきます。あたりの木々は奇妙にねじくれ、うっそうとしていました。ときどき、姿を見せない鳥たちが、ギャアギャアといやらしい鳴き声をあげます。
「ねえ、あたしこういう雰囲気、苦手なんだけどな」
「安心せい、小娘君。もうすぐ着くぞ」
やがて、一行は小さな沼につきました。沼の水は茶色く濁っています。ところどころ紫色や緑色に変色して、ぼこり、ぼこりと泡がたっている場所もあります。魚ともトカゲとも判断つきかねる気味の悪い姿をした生き物が、ときおり水面に顔や尻尾を出しては、またすぐに潜っていきます。
「シヤレスキー様、失礼ながら本当にこちらの道で正しいのでしょうか?」
さすがの博士も不安になったようです。しかしシヤレスキーは平然として答えました。
「もちろんじゃとも。さあ、ついたぞ」
沼のほとりに、一軒の小屋が建っていました。
その小屋は高さが二メートルもありそうな、鶏の足の上に建っています。小屋の周りの柵には、いくつも頭蓋骨が飾りつけられています。なんとも奇妙で不気味な光景でした。
「なんだこりゃ? どう見たって悪いヤツの隠れ家じゃねえかよ?」
「悪いヤツかどうかはさておき、私の知り合いのバーバ・ヤーガの小屋じゃよ」
「お待ちくだされ。バーバ・ヤーガといえば人食い魔女ではありませぬか。そんなところへ近づくのはいかがなものかと」
バーバ・ヤーガと聞いて思わず止める博士ですが、シヤレスキーはいっこうに気にしていません。
「なに、人食いは昔のことよ。今は歳のせいで歯が抜けて、肉は噛めないそうじゃ。麦がゆやスープばっかり食べとるわい」
「いや、食生活がどうこうではなくて、倫理的に問題が……」
「さあ行こう。あやつの占いはよく当たるんじゃ」
幽霊になると、細かいことは気にならなくなるのかもしれません。シヤレスキーの杖は、博士の手を引っ張るようにして小屋へと近づいていきました。
三人と一本は、はしごを登ってドアの前に立ちました。このドアもいっぷう変わっています。普通ならドアノッカーが取りつけられているあたりに、ニワトリの頭がくっついています。ニワトリは生きていて、じろじろとこちらを眺めていました。シヤレスキーが呼びかけます。
「おい、バーバ・ヤーガ。私だよ、シヤレスキーだ」
すると、ニワトリがしわがれた老婆の声で返事をしました。
「その声はたしかにシヤレスキーだねえ。杖に憑依したってわけかい。あんたがここへ来るのはひさしぶりだ。今日はアタシが出題するとしようかね。テーマ『鳥』でやってみな」
生きている三人には、なんのことだかわかりません。しかしシヤレスキーは、待ってましたとばかりにすらすらと答えました。
「ほう、ずいぶん簡単じゃな。サービス問題のつもりかね。ではいくぞ。ハゲタカのおじさんが言ったとさ、最近禿げたかなあ?」
なんともいえない脱力感が三人を襲います。次の瞬間、ニワトリがゲラゲラと笑い出しました。涙を流して大爆笑です。
「ぎゃはははは! さすがはシヤレスキー、キレがいいねえ! さあ、おはいり」
ドアが開きました。ビアンカとクロコディウスがぼそりとつぶやきます。
「……わかんない。なんで今のしょーもないダジャレであんなに爆笑できるのか、どうしてもわかんないよ」
「気にすんな。この森のギャグセンスは狂ってるんだ」
小屋の中には、骨と皮ばかりにやせ細った老婆が一人、敷き物の上に寝そべっていました。壁には臼と杵が立てかけてあります。部屋のすみには、道具入れやドクロや手足の骨が無造作に散らばっていました。これがかの有名な、バーバ・ヤーガの住み家だったのです。
旧知のシヤレスキーとバーバ・ヤーガがさっそく話をはじめました。
「ひさしぶりだと思ったら、ヘンテコなのを連れてきたもんだ。どうしたんだね?」
「実はな、この者たちと一緒にちょっと世界を救いにいってくることにしたんじゃ。場合によっちゃ私は昇天するかもしれんから、最期の挨拶をしとこうと思ってのう」
寝そべっていたバーバ・ヤーガが、むくりと起き上がりました。
「そうかい。そいつは寂しくなるねえ」
「せんべつ代わりに、この三人を占ってやってくれんか?」
「あんたの最期の頼みとあっちゃ、断るわけにもいくまいね。さあおまえたち、そこに並びな」
三人の意思とはかかわりなく、話が勝手に進んでいきます。
バーバ・ヤーガは真っ黒に塗られたドクロを取り出すと、それをビアンカのほうに向けました。魔女が呪文のようなものを唱えます。ドクロがぼんやりと光り、すぐに消えました。
「恋のはじまりはまだ遠い。焦らず待つべし。ラッキーナンバーは六」
「へっ?」
次に、ドクロが博士に向けられます。
「金運いまだ上がらず。倹約につとめよ。ラッキーカラーはライトピンク」
「ライトピンク……じゃと?」
最後に、クロコディウスのほうを向けました。たまりかねたクロコディウスが口を挟みます。
「おい婆さん、ちょっと待て。こんなオドロオドロしい場所に住んで、ドクロまで持ち出しておいて、なんなんだその占いは? ラッキーナンバーだのラッキーカラーだの、いくらなんでもカジュアルすぎるんじゃねえのか?」
バーバ・ヤーガはクレームを受けつけません。
「当たれば文句ないじゃろうが。……ふむ、ワニ男よ。おまえはこの先、命の危険にさらされるぞよ」
「んなことはわかってるよ。戦いに行くんだから当然だぜ」
「ラッキーアイテムはシラカバの装身具」
バーバ・ヤーガは道具入れのふたを開けると、なにか取り出しました。直径十センチ、厚さ二センチほどの、円形の木の板です。板には、博士の扱うルーン文字とは異なる象形文字のようなものが、両面に彫ってありました。長い鎖がついていて、首にかけるように作られています。
「シラカバの木で作られたメダリオンじゃ。本来なら銀貨十枚じゃが、いまから三十分以内なら半額以下の銀貨四枚にまけてやる。さっさと買え」
「いらねーよ、そんなもん」
「ワニ君、せっかくだから買っておきなさい。バーバ・ヤーガの占いはよく当たるからな」
押し問答のすえ、博士が四シルバーを払って買い取りました。『金運いまだ上がらず』の占いが早くも当たった、といえなくもないかもしれません。
「さて、これで私も思い残すことはない。いざ、セカ・イサンへ乗り込もうではないか!」
「まったく、俺たちはなにしにこんなとこ来たんだか。わかんねえな」
これでようやく、セカ・イサンへの最後の旅が再開されるのでした。
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