第38話 幽霊屋敷 2
博士は幽霊に対して、自己紹介ならびに仲間の紹介をはじめました。
「私はエルフの魔法学者、アリウス・アリゲイトと申します。こちらの獣人は戦士クロコディウス、それから、ええっと、特に肩書きはありませぬがビアンカ」
「戦士じゃねえよ、賞金稼ぎだって言ってんだろ」
「んー、そういえば、あたしだけ肩書きとかないよね。なんか考えようかな」
シヤレスキーはふむふむと頷いていましたが、さほど興味がなさそうです。やがて紹介を聞き終えると口を開きました。
「ところでさっき、私のことが語り継がれておると言ったじゃろ。どんなふうに伝わっておるかね?」
どうも大魔導士シヤレスキーは自分の死後の評判が気になるようです。博士を相手にエゴサーチをはじめました。
「それはもう、歴史上たぐいまれなる偉大な魔導士の一人に数えられております。特に、オリジナル魔法の評価は高いですな」
「ほう、ほう、そうかね。それから?」
シヤレスキーは満面の笑みで上機嫌です。博士は続けました。
「一番はあの、第五次トゥナリー戦争でのご活躍でしょう」
「お、あれか! どういうふうに語られておるかね?」
「トゥナリー軍がまさにファンタジア王都に迫らんとするとき、大魔導士シヤレスキーは一人敵前に進み出た。高らかな呪文の詠唱! なんと驚くなかれ、敵軍の陣中にアイスクリームの山を築いた。炎天下の行軍に疲れた敵兵はアイスクリームの山で喉を潤し、敵兵にも温情をかけるシヤレスキーの人徳に感じ入って兵を退いた、と」
これを聞くと、シヤレスキーはなぜか顔を曇らせました。
「それだけかね? 肝心のところが抜けとるようじゃが?」
「は? いや、シヤレスキー様の寛大さをあらわす素晴らしいエピソードだと思うのですが?」
シヤレスキーはため息をつきました。
「どうやら、最も重要なことが正しく伝わっていないようじゃな。よかろう。アリゲイト君、君にあのときの真実を教えておこう」
「なんと! ぜひお教えください!」
ウキウキで話が弾む二人に聞こえないように、ビアンカがクロコディウスに小声で言いました。
「この話、まだ続くの? もうおなか減った。夕食にしようよ」
「エルフ同士の昔話は長生きのぶんだけクソ長いからな。だが、もうちょっと我慢して聞いてろ。魔導士の幽霊なんて、機嫌を損ねるとなにをやらかすかわかんねえだろ」
シヤレスキーは重大な秘密を語りはじめました。
「実はあのとき、私が詠唱したのは究極魔法の一つ、アースクエイクだったのだ」
「おおっ!!! 局地的な大地震を引き起こして地上を破壊するという、あの究極魔法アースクエイクですな!」
「そうじゃ。だが詠唱が完成する直前、私は閃いたのだ。アースクエイクとアイスクリームを引っ掛けてダジャレが作れそうだな、と」
「……は?」
「その結果が、あのアイスクリームの山だったのだ。つまりあれは、詠唱の集中が乱れたために起きたできごとだったのだよ。アリゲイト君、君はこれをどう思うかね?」
博士は返答に詰まりました。そんなこと、どう思うかなどと尋ねられても困ります。やっとの思いで答えをひねり出しました。
「はあ、その、自らのミスを認めるというのはまことに勇気のいることで……」
シヤレスキーは、この返事にご不満だったようです。
「アリゲイト君、そういうことではないんじゃよ。どう思うかと問われれば、ダジャレについて答えるのが普通じゃあないかね? そこの小娘君はどう思うかね?」
「それ戦争中にやったんだよね? バカだと思う」
ビアンカは即答しました。
「ほうほう。ではそっちのワニ君は?」
「バカとは言わねえが、まあ、アホだな」
「お前たち、大魔導士シヤレスキー様に向かってバカだのアホだの、なんてことを言うのじゃ!」
博士が顔色を変えてたしなめますが、シヤレスキーは愉快そうに笑いました。
「いいや、これでいいのじゃよ。たとえ大魔導士といえども、天狗になってはいかん。若者の意見に耳を傾けなくてはいけんよ。いまのどうじゃね? バカウケじゃろ? ワハーハハハ!」
いい話っぽく聞かせて最後にダジャレ。どういう人物なのかよくわかりません。天才とナントカは紙一重、という典型例なのかもしれません。
自分のギャグでひとしきり笑った後、シヤレスキーはいま初めて気づいたとでもいうような顔つきで、クロコディウスを眺めました。
「これは珍しい。私の知る限り、この世界にワニの獣人などいないはずじゃがな?」
「それってさ、普通は最初に話題にするべきとこだよね。アイスクリームとか、そんなことよりもさ」
「やめるのじゃ、ビアンカ。さすがはシヤレスキー様。この者は私が異世界から召喚した正義の勇者であります。実は……」
博士はクロコディウスを召喚したいきさつや、これまでの旅のことを詳しく語りました。すっかり緊張感をなくしたビアンカとクロコディウスは、パンをかじりながら聞いています。
やがて博士の話を聞き終えると、シヤレスキーは髭をなでながら大きく頷きました。
「よくわかった。そなたらの行動に深く感じ入ったぞ。かくなる上は、私も同行して協力しよう」
「おおっ、なんと心強いことじゃ!」
「えー、ついてくるのー?」
嫌だなあ、の一言はぎりぎり我慢したビアンカです。
「私がこうして幽霊となっているのは、実はどうしても試したいオリジナル魔法があって、それに執着しているからなのじゃ。そなたらと共に行き、世界を守るためにその魔法を行使することができれば、私も安らかに昇天できよう。お互いにとって良いことなのじゃ。さあアリゲイト君、床に落ちている杖を取ってくれたまえ。杖に憑依するゆえ、君が持っていくのじゃぞ」
博士が床の木の残骸に埋もれていた、シヤレスキーの杖を取り出しました。大魔導士の目の前に捧げ持ちます。
「うむ。ではいくぞ、ひょいっと憑依、っと」
短いルーンを唱えると、シヤレスキーの姿はあっというまに杖へと吸い込まれていきました。
シヤレスキーの姿が消えると、それまで座っていたひじ掛け椅子がみるみるうちに劣化し、崩れて床の残骸の仲間入りをします。
翌朝、三人が出発するころには、扉も階段の手すりもすべてが朽ち果て、屋敷は文字通りの廃墟と化していたのでした。
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