第34話 激突 1
村の少し手前まで進んだ三人は、馬から降りました。街道脇の牧草地に立つ低木に馬を繋ぎます。クロコディウスは鎧の具合を確かめ、ビアンカはクロスボウを手にしました。
さらに徒歩で十メートルほど、村に近づきます。そこは平たんな牧草地。戦うにはおあつらえ向きの場所です。まずは博士が進み出ました。
「グレミオ・エルバール! アリウス・アリゲイトじゃ! 貴様の企みはもうわかっておる! アミュレットを返して神妙にせい!」
大音声で呼ばわりますが、誰も出てくる気配がありません。しばらくして、ゲラゲラと嘲るような笑い声が響いてきました。
「えーいっ! グレミオのやつバカにしおって!」
いきり立つ博士。
「博士のほうが挑発されてんじゃん」
「頭のいい敵ってのは、怒らせるのが難しいんだ。フロッガを狙うとするか」
次にクロコディウスが怒鳴りました。
「おいフロッガ、殺しに来てやったぜ! 向こうの世界じゃ、テメエの仲間を何匹も仕とめてやった。テメエも同じ目にあわせてやるよ! ウヒャヒャヒャヒャ!」
さすがに、こういう口汚い罵り言葉に関してはクロコディウスのほうが数段上です。家の中からガチャンガチャンと、暴れて家具を壊すような大きな音が聞こえてきます。
飛び出すようにして、気味の悪い巨大なカエルのモンスターが出てきました。
身長はクロコディウスと同じくらいなので、三メートル近くあります。皮膚は赤黒いまだら模様で、ぎょろりとした丸い眼と大きな口が気味悪さを引き立たせています。全身が、ぬるぬるした粘液質の体液で覆われていました。右手には、新月刀(シャムシール)と呼ばれる片刃の曲刀を、左手には半球型の小型盾を持っています。
「うえ、キモすぎ……吐きそう」
ビアンカが、率直かつ異論を差しはさむ余地のない感想を述べました。
さらにカエルの後ろからもう一人、ローブ姿のエルフが姿を現しました。
年かっこうは博士と同じか、少し若いくらいです。金髪で顔自体は渋めのナイスミドルではあるのですが、なんとなく薄情そうな、ずるがしこそうな雰囲気をかもしだしています。これが悪名高いグレミオ・エルバールなのでした。
「ワニ野郎! こっちの世界にオマエらワニ族まで来てやがったのか! クソッ、クソッ! 俺たちがクロコノイド族にどんだけひどい目にあわされたか! 俺様が仲間の仇を討ってやる! ドゥルク! ドゥルク!」
シャムシールを振り回して怒鳴りちらすフロッガ。クロコディウスも背中の剣を抜き、応じます。
「おう、やってみろ。昔っからテメエらカエルは、俺たちに狩られることに決まってんだぜ」
クロコディウスは重心を低くして、両手で握った大剣を右肩に担ぐような構えをとりました。左足を前にした、半身に近い姿勢です。ハーフオーガのワルダーとの戦いで見せたその構えは、八相に似ていますが微妙に違う、独特の構えでした。
フロッガとクロコディウス、両者がほとんど同時に相手に向かって飛びかかりました。クロコディウスの強烈な一撃が襲いかかります。しかしフロッガは盾でそれを受け止めると、盾の丸みをうまく使って剣の勢いをそらしました。そのまま流れるような動きで曲刀を横に薙ぎ払ってきます。クロコディウスは飛びのいて避けます。
フロッガは、でっぷりとした見たけによらず器用で俊敏でした。回避と防御の技に長けていて、クロコディウスの剛の攻撃を上手くかわしていきます。いかにもカエルらしい跳躍力で、ジャンプしたまま空中で向きを変えたりと、トリッキーな動きを見せます。
ぶつかっては離れ、離れてはまたぶつかり合う。激しい戦いが続きました。
何度目かの激突で、とうとうクロコディウスの剣がフロッガの左腕をとらえました。腕が朱に染まります。と同時に、クロコディウスの左足からも血が噴き出しました。両者とも、軽傷のようです。
ふたたび打ち合いを始めた二人ですが、すぐに異変が起きました。クロコディウスの動きが、しろうとの博士やビアンカでもわかるくらい、はっきりと鈍くなりはじめたのです。
クロコディウスが攻め、フロッガが守っていた展開が、一気に崩れました。クロコディウスは動きに精彩を欠き、防戦一方です。
「おいフロッガ、なかなか、やってくれるじゃねえかよ。テメエ、毒を使いやがったな?」
肩で息をするクロコディウス。いまや、剣を支えにして体勢を保っている状態です。
「毒じゃとっ! なんと卑怯な!」
博士は思わず叫びますが、どうすることもできません。
「ケヒヒヒ、今ごろ気づいても遅いんだぜぇ! こっちの世界へ来て甘ちゃんになったなあ、ワニ。戦いに卑怯もクソもあるかよ!」
「はははっ、いいぞフロッガ! アリウスよ、貴様の意見は昔からいつも正しくて、さんざん恥をかかせてくれたな。だが、今度こそ私の勝ちだ!」
グレミオが勝ち誇り、顔をゆがめて笑いました。
フロッガが、シャムシールを横に薙ぎ払いました。クロコディウスは剣を合わせて防ごうとしましたが、受けきれません。踏ん張りきれずにバランスを崩し、あおむけに倒れました。剣は大きく弾き飛ばされてしまいます。
フロッガはよだれを垂らしながら、クロコディウスに近づきます。ニタニタと、サディスティックな笑い顔がまたなんとも醜怪でした。
「ドゥルク! ケヒヒヒ、さあて、どこを突き刺してほしい? リクエストがあったら聞いてやるぜぇ」
フロッガは盾を投げ捨てると、右手のシャムシールを両手に持ちなおしました。クロコディウスの腹部に狙いを定めたようです。両腕に力が込められ、ゆっくりと、刃先を下にして、大きくシャムシールを振りかぶりました。
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