第33話 災厄の影 2
翌朝。
空が白みはじめる前に準備を整えた三人は、スターヒルの南門の前に立っています。
交代で見張りの任に就いていた警備兵が、見慣れない獣人を含んだ早起きすぎる三人を見とがめました。気まじめそうな警備兵は、町の紋章を胸の部分に埋め込んだチェインメイルをきちんと規則どおりに身につけ、槍を手にしています。
「今日の一番乗りはおまえたちか。だがおまえたち、ここは南門だぞ。昨日からの騒動を知ってるだろうが。いくら早く来たってムダだ。この門が今日開くかどうかは未定だからな。まあたぶん、モンスター討伐隊が来るまでは開かないだろうよ。北門と間違えたのなら、中央広場まで戻ってそこの警備兵に道を尋ねるんだな」
クロコディウスがめんどうそうに答えました。早起きは苦手で、朝はいつも少々機嫌が悪いのです。
「さっさと開けろよ。討伐隊が来たら開けるんだろ、俺たちがその討伐隊なんだからよ」
「おい! 親切で教えてやってるのに、なんだその言いぐさは!」
気色ばむ警備兵。かつてない非常事態の緊張感と睡眠不足で、気が立っているのです。まあまあと博士がなだめに入りました。
「言い方が悪くてすまなかったの。だが本当なんじゃ。これを見てくれ」
博士は、女王から預かった信任状を手渡しました。書状をあらためた警備兵の顔が、みるみる青ざめ、こわばっていきます。ちょっと待っていてくれと言い残し、警備兵は慌てて警備隊本部のある中央広場のほうへと走っていきました。
しばらく待っていると、さっきの警備兵が二人の男を連れて戻ってきました。一人は警備兵と同じ鎧に身を固め、マントを付けた警備隊長。もう一人はローブ姿で頭の禿げかかった中年男で、おそらくこの町の責任者なのでしょう。よほど慌てていたのか、左足だけサンダルが女物でした。二人は博士の前まで来ると、丁寧に敬礼します。
「信任状を拝見しました。話はうかがっております。ではあなた様が異世界から来た正義の勇者様で……」
「いや、正義の勇者はこっちの男じゃ。わしは付き添いの道案内にすぎん」
「あ……これはどうも失礼を。勇者様というから、てっきりエルフか人間だろうと思っておりまして」
博士が訂正してクロコディウスを示すと、二人は意外そうな顔をして謝罪しました。まあ、常識とはだいたいこんなものです。
なにやらさかんにおべんちゃらを申し述べているローブ男を尻目に、実直そうな警備隊長が命令を下しました。南門が解放されます。
「我々の実力では、町を固めることしかできません。どうか御武運を。開門!」
門の外には、昨夜の閉門時刻に間に合わなかった避難民が、おおぜい野宿していました。開門に気づいた彼らがいっせいに押し寄せてきます。人波に巻きこまれないよう、三人は素早く門の外へ出ると、一路、南を目指しました。
「今日も気持ちよく晴れてるねー。死ぬかもしれない日なのに、なんか怖くないや。不思議な気分。あはは、あたしのせりふ、縁起わるっ!」
「無理に強がらんでいいんじゃぞ?」
博士は心配そうに、ビアンカを見つめました。ビアンカは意外なほど、さっぱりした表情をしています。
「ううん、強がりじゃなくてさ、ほんとにそうなんだよね」
「腹をくくると、そうなるヤツがたまにいるぜ。俺が最初にモンスター狩りしたときは、興奮しすぎて頭おかしい感じになったけどな」
「へえー、そうなんだ」
ビアンカが、ラバッチの背中をポンポンと軽く叩きました。門の前で野宿していたのが最後の一団だったらしく、避難民の姿はありません。誰もいない街道を、三人は進んでいきます。
やがてついに、目指すナモナイ村が見えてきました。小さな村です。村の周りには畑と牧草地が広がっていました。フロッガさえいなければ、のんびりのどかな田舎の風景だったはずです。村からは、黒い煙が三筋、細くたなびいていました。
「よう、ビアンカ。ひさしぶりだな」
突然、どこからともなくビアンカを呼ぶ声がしました。あたりに人影はありません。博士は緊張にびくりと身を固くし、クロコディウスはくんくんと鼻を鳴らします。当のビアンカはキョロキョロしましたが、声に心当たりがあるようです。
「その声、ジャッキーでしょ。隠れるの上手くなったじゃん」
「へっへへ。すげえだろ? どこにいるか当ててみろよ」
どうやら、声の主はビアンカの知り合いで盗賊ギルドのメンバーのようです。
「へっ、まだまだだな。右手の林の手前の藪の陰だろ? マルニオだぜ」
「マルニオとはなんじゃ?」
「『まる見え』とか『まる聞こえ』とか言うじゃねえか。あそこから人間の匂いが『まる匂い』なんだよ」
藪の陰から、ビアンカと同じ年頃の人間の男が顔を出しました。髪には木の葉や小枝がいくつも張りついています。
「ちぇっ。ワニの鼻にはかなわねえや」
「次からは体に泥でも塗っとけよ」
「やだよ、そんな汚ねえの」
舌打ちするジャッキーに、ビアンカが尋ねます。
「そんなことよりさ、状況どうなの?」
ジャッキーは髪についたゴミを振り落とします。
「カエルの野郎、村長の家で飯を食いまくってるぜ。逃げ遅れた村人が、料理や雑用をやらされてる」
「エルフも一緒にいたじゃろう?」
「ああ。あんたの髪を金髪にして、顔を悪者にしたようなヤツだろ。いるよ」
さすがは盗賊ギルドの一員、やることはきっちりやっていたようです。
「すごいじゃん。完璧だよ。ごほうびにチューしてあげよっか?」
「いらない。今、付き合ってる子いるしな」
「うーわー、なんか今マジで断ったよね? 誘ってる女の子にそういう態度、ひどくない?」
「それより去年、三シルバー貸しただろ。そろそろ返せよ」
「うっ……」
ビアンカを静かにさせてから、ジャッキーはクロコディウスに言いました。
「どうする? どうせ村はガタガタなんだし、火をかけていぶり出すのが手っ取り早いと思うけどな」
クロコディウスは答えません。なにか考えながら、じっと村のほうを眺めています。五分もそうして黙りこくっていたでしょうか。それからようやく、口を開きました。
「いや。中に人質がいるんだろ。火はダメだ。挑発しておびき出そう」
クロコディウスはゆっくりと、アイアンランスを歩ませはじめました。グレイライトとラバッチも続きます。
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