第36話 ビアンカ、頑張る

 村長の家は、さっきまでグレミオとフロッガが我が物顔で占拠していた家です。フロッガが最後に暴れたせいで、家具はめちゃめちゃに壊され、壁にはひどい傷がついています。


 クロコディウスは村人たちにも手伝ってもらいながら返り血を洗い流すと、寝室に運ばれました。ベッドは普通サイズしかないので足がはみ出しますが、仕方ありません。


 薬師であるビアンカが、すぐに傷のぐあいを調べました。斬りつけられた左足の傷は浅く、軽傷です。その他の切り傷や擦り傷も、たいしたことはないかすり傷でした。問題は毒です。


 その日は汎用解毒剤を飲んで様子を見ることになりました。


 翌朝、残念ながら症状は回復していませんでした。ビアンカは唸ります。


「症状からして、麻痺毒なのは間違いないんだよね。毒の種類さえわかればなんとかなるんだけど」

「ああ、それならたぶんアレだな。こっちに来てくれ」

「え、知ってんの?」


 息子を人質にとられて働かされていたという男性が、ビアンカを物置部屋へ案内しました。部屋の隅に、壺が一つ置かれています。


「この壺は、あのカエルが持ってきたんだ。戦いに出る前に、壺に剣を突っ込んでかき回しているのを偶然見たんだよ。気味が悪いから誰も触ってない」

「いいよいいよー、重要情報だよこれは。念のため、ちょっと離れてね」


 男を下がらせると、ビアンカは手に布切れを巻いて壺のふたを開けました。中身は、無色透明の、少しどろっとした液体です。


「よーし、これでいけるかも。薬師魂に火がついてきたぞー」


 どうやら、やる気スイッチが入ったようです。ここから、薬師ビアンカの大奮闘が始まりました。




 ビアンカは、ラバッチに積んでいた荷袋を持ち込みました。村長の家の台所を借りきると、袋の中身を広げます。出てきたのは、乾燥させた大量の薬草と、薬の調合に必要らしき道具あれこれでした。


 まず最初は、毒の鑑定です。

 ビアンカはまず、ひもの付いた布を取りだすと、その布で自分の鼻と口を覆いました。それから頭の後ろでひもを縛ります。こうするとうまく固定できて、鼻や口に誤って毒が入るのを防げるのです。手袋をはめ、壺の中身をさじでひとすくい小皿に取ると、持ってきたなにかの薬品と混ぜ合わせました。別の小皿には、また別の薬と混ぜ合わせます。そんなことを繰り返し、テーブルの上は小皿でいっぱいになっていきます。


 やっている本人は目を輝かせ、嬉々として作業をしています。ときどき「うへへへ」だの、「いいねえー」だのと妙な笑い声や奇声が上がります。これを知的好奇心というのでしょうが、はたから見ると怪しい子にしか見えません。


 数時間後、ビアンカはついに小さくガッツポーズを見せました。毒の手がかりをつかんだようです。今度は鍋に火をかけ、数種類の薬草や、日干しにされたトカゲのような物体を煮詰めはじめました。なんともいえない異臭が部屋中に充満します。ここまでくるともう、怪しい子ていどでは済みません。いかがわしい魔法薬を作る魔女と同レベルの所業です。


「よーし! 完成! これでゼッタイ大丈夫!」


 だいぶ夜も更けたころです。食事も忘れて作業していたビアンカが、高らかに完成を宣言しました。ついにビアンカ特製・秘伝の解毒薬が完成したのでした。






 真夜中、クロコディウスは誰かに揺り起こされました。目を開けると、ビアンカに博士、それに村の男が三人、自分を見下ろしています。


「クロっち、起きた? 解毒薬が完成したよ! すっごいやつ!」

「あ、あが? あがが?」


 返事をしようとしたクロコディウスは、すぐに異変に気がつきました。全身を太いロープでベッドに縛りつけられていて、身動きができません。そればかりか、上下の顎にもロープが掛けられ、大きく口を開けた形で固定されています。


「あぎゃっ? あががぎゃが!」


 まともに言葉が発せないクロコディウスに、ビアンカは解毒薬の入っている壺を見せました。鼻が曲がりそうな酷い臭いがします。


「今から、これ飲んでもらうよ。効きめは自信あるから安心してよ。ただねえ、混ぜた薬草から予想すると、すっごい酷い味だと思うんだ。ゲテモノ食いのワイバーンでも、ひと舐めしただけで悶え苦しむっていうくらいなんだよね。あ、でも、暴れないように縛っておいたから、こぼす心配はないよ。じゃあ、いってみよう!」


「あがーーーっ! あが、あががががっ!」


「味覚を感じなくする魔法は習得していないんじゃ。クロコディウスよ、正義の勇者の名にかけて耐えよ」

「勇者殿、あなたならやれます! さあ!」


 博士と男たちがクロコディウスの手足をがっちりと押さえつけ、無責任な応援をします。ビアンカがゆっくりと壺をかたむけ、毒々しい紫色の液体をクロコディウスの口の中に流し込みました。


「あぎゃああああああ! うぐうええええええええっ!」


 深夜のナモナイ村に、ワニ獣人の言葉にならない絶叫が響きわたります。あまりの味に、クロコディウスはそのまま白目をむいて気絶してしまったのでした。






 翌朝。足のしびれは半減していました。さらにその翌日には、しびれは完全に回復していました。ビアンカの自信は本物だったのです。


「アレを飲まされたときは、舌が腐るかと思ったがよ。これほど効くとは思わなかった。おまえ、薬師の腕はモノホンだったんだな。助かったぜ」

「へっへー。連れてきてよかったでしょー?」

「ああ、まったくじゃ。あとは一刻も早く、グレミオを追うとしよう。目的地は砂漠の遺跡、セカ・イサンじゃ」


 いよいよ、あとはグレミオを残すだけです。


「セカ・イサンはヒヨリ・ミスルとの国境近くにある古代遺跡じゃ。なに、フロッガを倒し、クロコディウスが回復したいま、捕らえるのはたやすいじゃろう」

「そうは思えねえな」


 クロコディウスの表情が険しくなりました。


「えー、なんで?」

「フロッガの最期の言葉を思い出せよ」

「アニキが仇を討つとかじゃろ? だがグレミオにそんな力はないわい」

「そうじゃねえ。フロッガは、グレミオみたいなやつをアニキなんて呼ばねえよ」

「どゆこと?」

「アニキと呼ぶにふさわしいやつがいるんだ。つまり、フロッガがもう一匹いるに違いねえ」


 博士とビアンカの表情が固まりました。


「考えてもみなかったが、確かにあり得る。あやつは中流とはいえ貴族、召喚儀式二回分の魔導具を買いそろえることは不可能ではなかろう」

「そういうわけだ。そのセカ・イサンとやらで最終決戦が待ってるぜ」


 どうやら、この旅はもうひとヤマありそうです。三人は村人に見送られ、グレミオが待ちうける決戦の地、セカ・イサンへと旅立ったのでした。


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