第28話 用心棒の正体

 城へ戻ると、二人があてがわれている客間でイザンハートが待っていました。三人はさっそく、盗賊ギルドでの首尾を話し合います。


 一通りの話を聞き終え、最後にグレミオが連れていたという用心棒のことに話が及ぶと、イザンハートはおもむろに立ち上がりました。


「では、その用心棒についてはクロコディウスに心当たりがあるのだな? よし、ならばその話は、女王陛下にもお聞きいただかねばなるまい。夕食後に、緊急のお目通りを願い出ておく。そのつもりでいてくれ」


 イザンハートは姿勢を正し、二人に向かって頭を下げました。


「よくやってくれた。深く感謝する。それから、これまでの非礼な言動をお詫びしたい」


 それだけ伝えると、イザンハートは部屋を出ていきました。






 夕食後、女王がお呼びだとの知らせがありました。イザンハートの手はず通りです。侍女に案内されたのは、以前、イザンハートと初めて会った部屋でした。飾りや調度品の少ない、実務的な部屋です。


 あの時と同じく、中央の長テーブルの前に女王が腰かけ、そのそばにイザンハートが控えています。もちろん、今回は女王とクロコディウスを隔てるような行動はしません。


 四人が揃ったところで、まずはイザンハートが話の口火を切りました。なにしろ、彼は無断で盗賊ギルドと接触したことへの謝罪から始めなくてはなりません。


 経緯を聞いた女王は、いつになく厳しい口調でイザンハートを叱責しました。


「なんということを! イザンハート、あなたともあろう者が、ずいぶんと向こう見ずなことをしましたね。こういう時こそ、わたくしに相談してほしかったです。今回は運良く成功したからよかったものの、そうでなければ、わたくしはこの国で一、二を争う有能な人物を、わたくし自身の手で捨て去らなければならなかったかもしれないのですよ? 二度とこのようなことをしないでください」


「まあまあ陛下。イザンハート殿も国のため女王のため、良かれと思っての行動ですから」


「それはわかっています。ですがわたくしは、忠義厚い家臣を失いたくないのです。それに、今回のことは先生も共犯ですよ。年長者なのですから、もっと強く諫めてくださらないと!」


「も、申し訳ありませぬ……」


 助け舟を出そうとして、逆に怒られてしまった博士でした。






 議題はいよいよ、グレミオの用心棒の件に移りました。グレミオの行き先と並んで、最も大きな情報です。女王がクロコディウスに水を向けました。


「クロコディウス様は、正体をご存じとか。どんな者なのでしょう?」


 クロコディウスは、真面目な顔で答えました。


「ああ、知ってる。ジョーク抜きで悪い相手だ。ショックを受けないように、聞く前に充分がっかりしとくといいぜ。そいつは間違いなく、フロッガだ」


 クロコディウスは断言しました。とはいえ、フロッガなど誰も聞いたことがありません。三人を代表するように、博士が尋ねました。


「フロッガ……とはなんじゃ?」


「カエルの怪物だよ。向こうの世界にいるんだ。以前、ドゥルクドゥルクの巨大ガエルの話をしただろ。そいつらの成れの果てだ」


「なっ!! それはつまり、グレミオがわしの研究資料を使って召喚したというのか!」


 博士が思わず声を上げ、イザンハートは瞑目して天を仰ぎました。


「そうに違いねえ。カエルっては、オタマジャクシからカエルに変態するだろ。ドゥルクドゥルクの巨大ガエルは、大きいやつは牛ぐらいある。普通は十五年ほどで寿命なんだが、ときどき二十年、三十年と生き延びるやつがいるんだ。で、そういうやつは二度目の変態をして、二足歩行で言葉を話すカエルの獣人、フロッガになるってわけよ」


 あまりにも突拍子のない話に、クロコディウス以外の三人は言葉がありません。ややあって、女王がようやく絞り出すような声で尋ねました。


「あ、あの、それで、そのフロッガは危険なのですか?」


「最低最悪だな。食うことしか頭にないやつらだ。成長限界がないから、食えば食うほどでかくなる。でかくなった体を維持するために余計に腹が減る。そうやってひたすら繰り返して、最後は自分で自分の体重を支えきれなくなり、動けなくなって餓死するんだ。そんなのが増えないように、俺たちは毎年カエル狩りで数を減らしてた。フロッガ対策に失敗したせいで、国土を食い荒らされて滅びかけた国もある」


「恐ろしいことだ。グレミオはなんとバカなことを」


 いつもは冷静なイザンハートも、さすがに眉をひそめます。


「そういえば、あやつは昔からグルメを気取って料理のうんちくを自慢するのが好きじゃった。召喚術を使ったときに、その精神状態が影響したのじゃろう。詠唱中は気を散らしてはいかんとわかっておるくせに、恥ずかしいやつじゃ」


 博士が軽蔑を含んだ声色で言いました。自分の研究を悪用されたことに、だいぶ立腹しているようです。


「クロコディウス様、それでは、どうするのが最良でしょう?」


 女王の問いかけに、クロコディウスは即答しました。


「俺が殺す。しかも、できる限り速攻でだ。でかくなるほど強くなるからな」


「国を滅ぼすほどの相手に勝てるのですか?」


 女王は再び尋ねます。その美しい顔には不安と憂いが色濃く表れ、青ざめていました。


「わからねえ。フロッガ退治に参加したことはあるが、タイマンはやったことないからな」


「そ、そんな……」


「だがフロッガとわかった以上、絶対に退けねえ。絶対だ。俺は、博士との約束を果たすために戦うつもりだった。だが、フロッガとなれば話は別だ。俺たちクロコノイド族は、ずっと昔からカエルを狩ってきた。宿敵ってやつだ。共存なんてありえねえ。理屈じゃねえんだよ。本能みたいなもんだ。いると知ったら、どっちかが倒れるまでやり合うしかねえ。この世界のあんたたちと、俺の利害関係は完全に一致したのさ」


 クロコディウスの強い言葉に、誰も異を唱えることはできませんでした。

 方針は決まりました。もう、戦いは避けられません。いまやファンタジア王国の命運は、アミュレットの力の及ばない異世界の獣人、クロコディウスの力量に委ねられたのです。

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