第27話 グリフォン捕獲作戦 2
クロコディウスがじろりと睨むと、グリフォンは怯えて縮こまりました。
「こいつで間違いないのかよ?」
「うん。首輪ついてるでしょ。あれが荷札代わりなんだって」
ビアンカが答えました。クロコディウスは、再びグリフォンの様子を眺めます。
「やー、思ったより上手くいったねえ」
「グリフォンは宝石なんかのヒカリモノを巣に集める習性があるからな。鏡の光を巣と間違えたんだろう」
「それにしてもずいぶん弱っておる。やっとの思いで辿りついた、って感じじゃな。哀れじゃのう」
「いいからさ、早く捕まえて帰ろうよ」
ビアンカが催促しますが、クロコディウスは腕組みしたまま動きません。それどころか、とんでもないことを言いだしました。
「いや。ちょっと待て。俺には、このグリフォンのガキは死んでるように見えるぜ」
ビアンカは訳が分かりません。
「え? 突然何言ってんの? 意味わかんない」
「だから、こいつは死んでるって言ってんだよ。博士はどう思う?」
話を振られた博士は、ニヤニヤしだしました。クロコディウスの意図を読みとったようです。もしかすると、同じようなことを考えていたのかもしれません。
「ジェムズの条件は生け捕りじゃぞ? グレミオの情報が得られなくなるが、それでもいいのじゃな?」
「そこはイザンハートがなんとかするだろ。俺たちは、テストに失敗したと笑われて恥をかけばいいだけさ」
「そこまで腹が決まっておるなら、わしも死んでるほうに一票じゃ。だいたい、わしは最初から気乗りしなかったんじゃ。騎乗用に調教するならともかく、地下の檻で眺めて楽しむために捕えるちゅうのは承服しかねる」
「ちょっちょっ、博士まで今更そういうこと言うの?」
博士の返答を聞くと、クロコディウスは力強く宣言しました。
「よし。厳正なるタスウケツの結果、このグリフォンのガキは死んでることに決まった」
驚いたのはビアンカです。立場上、いきなりそんなムチャクチャなことを言われても困ります。
「えええ? そんなこと多数決で決めていいの?」
「いいに決まってんだろ。タスウケツ舐めんなよ」
「あたし、報告しなきゃいけないんだよ?」
「すればいいだろ。森で死んでたから埋めてやりました、って言っとけよ」
「ギルドに嘘ついたのバレたらまずいよ?」
「嘘をつくのではない。事実を少しアレンジするだけじゃよ」
「うわぁ、この人たちオカシイよ。マズい人たちだよ……でもちょっといいかも。なんかさ、秘密って楽しいよね?」
「だろ? じゃあ、こいつの体力が回復するまで匿っておく場所が要るな」
「森番小屋があるよ。森番のおっちゃん、お金渡せば内緒で預かってくれると思う」
「よし、決まりだ」
「えへへ、じゃーこっちおいで。抱っこしてあげる」
ビアンカは猫を抱くようにして、後ろからグリフォンの仔を両手で抱きかかえました。いわゆる『前向き抱っこ』です。反対したわりには嬉しそうで、頭を撫でたり、胴体を撫でたりと、ずいぶんなかわいがりようです。
腕の中は居心地が良かったのか、それとも抵抗する気力がなかったのか、グリフォンのほうも大人しくされるがままになっています。
こうして三人と一匹は、案内のビアンカを先頭に森番小屋へと向かうのでした。
「ほーう。グリフォンは死んでたってのか? それで埋めてやっただと?」
ギルドマスターの部屋の中。嘲るようなジェムズの声が響きます。森番にたっぷり袖の下を掴ませた後、三人は報告に戻ってきているのでした。
「ああ、そうだ」
「それで、証拠がグリフォンの羽一枚だと? ふざけてんのか? こんなもんが死んだ証拠になるか。俺は生け捕りと言ったはずだぞ?」
「文句は勝手に死んだグリフォンに言えよ」
「いい度胸だな、ワニ!」
ジェムズは激しく机を叩き、勢いよく椅子から立ち上がりました。はずみで椅子がひっくり返ります。真正面からクロコディウスを睨みつけました。クロコディウスも睨み返します。一触即発とは、こういうことをいうのでしょう。
両者はまともに眼を合わせ、視線と視線がぶつかり合い、火花が散るようでした。部屋の隅に控えていたエドは、いつのまにか短剣を逆手に持って構えています。
「ようし。だが生け捕りにできなかった以上、『グレミオの情報』はやらねえ」
ジェムズはそう言い放つと、ニヤリと笑いました。椅子を起こし、どっかりと座り直します。捕獲には失敗したというのに、なぜかとても上機嫌で、とても満足そうでした。
「代わりに、手間賃として世間話をしてやる。座れ」
訝しみながら三人が腰掛けると、ジェムズが話を始めました。
「あるエルフが最近、サウスロックの山越えルートでトゥナリーからこの国へ入った。トゥナリー王に対してなにやらバカげた提案をして怒らせちまい、あの国から追い出されたらしい。今は中央山脈沿いに東南へ、つまりヒヨリ・ミスルの方角へと移動してるそうだ」
「……そんな話、していいのかね?」
「黙って聞けよ博士。あくまでも世間話だ。話はまだある。そのエルフは用心棒を連れている。その用心棒ってのが、でかい図体をしたカエルの獣人だそうだ」
「カエルだと!」
クロコディウスが思わず叫びました。
「やっぱり心当たりがあるか。ワニにカエル、混沌の時代には妙なヤツらが現れるもんだ」
「……」
「話は終わりだ。さっさと城へ帰って、旅立ちの準備をするんだな」
エドに促されて博士とクロコディウスが帰ると、部屋にはジェムズとビアンカが残りました。ジェムズがビアンカに話しかけます。
「なかなか楽しそうだったじゃねえか」
「楽しかったー。グリフォン抱っこするなんてめったにな……あ」
「構わん。報告を聞いたときから察しはついてる。どこに隠した?」
「森番小屋に預けてきた」
「それでいい。時機をみて逃がしてやる。それから、あいつらはグレミオを追うはずだ。一緒に行くか?」
「え、いいの?」
「死なずに帰ってくると約束するなら、好きにしな」
いっぽう博士とクロコディウスはエドに案内され、迷路のような路地を抜けてイースト・フォートレスの大通りへ戻ってきました。
クロコディウスが、ふと尋ねました。
「エド、なんでジェムズは情報をくれたんだ? 生け捕りは失敗だったんだぜ?」
エドは事もなげに答えました。
「テストに合格したからさ。我々は軍隊とは違うからね、命令通りにするだけが正解とは限らないんだよ」
「よくわかんねえな」
「そんなことより、いい夕暮れだ。私は夏の夕焼け空が好きでねえ。明日が良い日になりそうな気がするんだよ」
エドの言葉に誘われるように、博士とクロコディウスは西の空を見やりました。
東西に延びるイースト・フォートレスの大通り、その西の空は一面、茜色に染まっていました。うっとりするような美しい夕焼けでした。
夕日を浴びて、街全体が目を覚ましたように、ざわめくように感じられます。これからが、イースト・フォートレスの最も活気づく時間なのです。
我に返って二人が振り向いたとき、エドの姿はもう、どこにもありませんでした。
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