第26話 グリフォン捕獲作戦 1

 翌朝、三人は王都の北に広がる森へとやってきました。王都の北門から、歩いて一時間ほどの距離です。こんな近場にグリフォンが逃げたとあっては、確かに放置できないでしょう。


 ビアンカは昨日とは服装を変えていました。グレーのチュニックに、同色のだぶだぶのズボン、歩きやすそうなブーツ。ズボンは裾が絡まるのが嫌いなのか、足首のところを紐で縛って、ひらひらしないようにしています。


 チュニックの上には、ベスト型の革鎧。薄手の革鎧なので大した防御力はありませんが、いつも通りなローブ姿の博士よりは、きちんと準備をしてきたようです。


 クロコディウスの指示のもと、三人はビアンカの案内で森の中の空き地のようになっている場所へやってきました。生い茂る木々の中、自然の気まぐれで木の生えていない空き地があるのです。上空から見れば、森の中に小さな穴が開いたように見えることでしょう。


「空き地っていったら、このへんかなあ?」

「よし、いい場所だ。さっそく準備するか」


 クロコディウスは慣れた手つきで、ワラの詰まったバックパックに鏡を固定しました。さらに、ロープの一方の端をバックパックの肩紐に縛り付けると、反対側の端を空き地の外縁部に立っている一本の木に縛りつけます。


「これでよし。ビアンカ、ちょっと背負ってみな」

「なんか、嫌な予感がする」


 ビアンカがバックパックを背負います。ちょうど、鏡がビアンカの真後ろを映す格好になりました。


「よし、いい感じになったぜ。じゃあ作戦を説明する。グリフォンってのはな、宝石みたいな光る物が好きで集めたがる習性があるんだ。だからビアンカか博士どっちかがバックパックを背負って、鏡の反射光でグリフォンをおびき寄せる。広い森の中を探し回るより確実だぜ」


 作戦を聞いたビアンカが、露骨に嫌な顔をします。


「ブーブーブーイングー。そーゆーのはさぁ、クロっちがやるべきじゃない? 正義の勇者なんでしょ?」


「俺がやってもいいが、そうなると投網を投げて、暴れるグリフォンを抑え込むのがお前らの役目になるぜ」


「それは……もっとやだ。じゃあやっぱここは男らしく博士が」


「ごほっごほっ! ううっ、持病の咳が」


「博士は持病なんかねえだろ。朝飯もがっつり食ってたじゃねえかよ」


「朝食後に持病になったんじゃ」


「ウソくさっ! もういいよ、しょうがないなあ。あたしがやるって」


「博士は空を見張るんだ。網にかかったら、抑え込むのを手伝うんだぞ」


 醜い役割の押し付け合いも終わり、作戦開始です。囮役のビアンカが、バックパックを背負って空き地の中央に立ちます。クロコディウスと博士は木の陰に隠れました。


「ビアンカ、反射してねえぞ。もっと上向きだ」

「んー、こんなもん?」


 中腰気味だったビアンカが、上体を起こします。


「ぎゃっ! 目、目が!」


 博士の悲鳴が上がりました。ビアンカが姿勢を変えたことで、鏡の角度が変わって反射光が目を直撃したようです。


「ちげーよ! お前じゃなくて鏡を上に向けるんだよ! もっとしゃがめ!」

「あ、そっかぁ」


 こんな調子で、グリフォン捕獲作戦が始まりました。


「ねー、これだとさあ、あたしは背後から急に襲われることになるでしょ? それってかなり怖いんだけど? なんで後ろ向きなの?」


「正面向きだと、グリフォンのやつは目玉を狙ってつついてくるからだ。気をつけろよ」


「うえぇ、聞かなきゃよかった。じゃ、木に縛ってあるロープは?」


「グリフォンがお前を捕まえて飛び去ろうとした時の保険だ。ロープの長さまでしか飛び上がれないようにな。その高さなら、落とされても死なない程度のケガで済むだろ」


「ひどい。聞かなきゃよかったその二」


「安心せい。万一ケガをした場合はわしの魔法がある」


「え? 治療の魔法は無いって聞いたよ? もしかして博士って秘密の裏技魔法が使えたりするの?」


「いいや。だが痛みを感じなくなる魔法が使えるぞ。どんな重傷でも、たちどころに痛みが無くなるのじゃ。一時間は効果が続くぞ」


「……。聞かなきゃよかったその三」


 そんなこんなで二時間ばかり囮作戦を続けましたが、グリフォンは一向に姿を見せません。なにしろ真夏の炎天下です。ビアンカはすっかり疲れて、へたり込んでしまいました。


「あーもうだめ。もうやだよー」


 地面に座り込み、駄々っ子のように体を左右に振ってイヤイヤをします。体を揺するたびに、鏡が森へ空へと向かってキラキラと筋状の光を放ちました。


「しょうがねえな。ちょっと休憩するか。そのあと博士と交代して……」

「待つのじゃ! 来たぞ!」


 クロコディウスの言葉を博士が遮りました。

 博士が指さしたのは上空ではなく、近くの木でした。梢が不自然に揺れています。葉が生い茂っていて姿は見えませんが、確実に何かいる気配がします。ビアンカもクロコディウスも、すぐに配置につきました。一気に緊張が高まります。


 数秒後、翼の生えた黒っぽい塊がビアンカの背中に飛びかかってきました。バックパックにしがみつくようにして、覆いかぶさってきます。ビアンカは悲鳴を上げながら両手で頭を抱え、地面にしゃがんで亀の姿勢で耐えました。


「やだー! 痛いのやーだー!」


 次の瞬間、クロコディウスが投網を投げました。投網は低く弧を描き、襲撃者を包み込みます。命中です。ビアンカがやっとの思いで、這うようにして博士のほうへ逃げてきました。自由を失った襲撃者は、地面でもがいています。


 すぐに取り押えようと近寄ったクロコディウスでしたが、組みつく寸前で足を止めました。博士とビアンカが、恐る恐る近寄ってきます。


「こいつは……ガキじゃねえかよ」


 三人の足元でもがいているのは確かに、白い頭に黒い翼のグリフォンでした。ただし、中型犬ほどの大きさしかありません。まだ赤ん坊といっていいくらいの、グリフォンの仔だったのでした。


 グリフォンの仔は網の中でしばらく暴れていましたが、すぐに諦めたように大人しくなり、うずくまってしまいました。かなり衰弱しているようです。首には、記号のようなものが刻まれた、鉄の首輪が嵌められていました。

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