第25話 イースト・フォートレス
翌日。
博士とクロコディウスの姿は、イースト・フォートレスの大通りにありました。世界中のあらゆる酒が飲める場所、すべての快楽が集う場所として有名な、王国一の歓楽街です。
大通りの両側には、色とりどりのさまざまな看板を掲げた店が、ほとんど隙間なく並んでいます。店の前に大きな酒樽が飾ってあるのは酒場です。弓矢とサイコロが描かれた看板を下げているのは、たぶん射的や賭博の店でしょう。綺麗なお姉さんが投げキスしている絵の大看板を掲げているのは、まあ、そういうお店に違いありません。平日の昼間だというのに、なかなかの人の多さです。
「昼間っから、飲んべえだの助べえだのがやたら多いな。いつもこうなのかよ?」
呆れ気味に博士のほうをを振り向くクロコディウスでしたが……。
博士はすっかりだらしなく緩んだ顔で、客引きの女の子に手を振っているところでした。女の子は博士と目が合うと、なにか汚いものを見てしまった、とでもいうような表情になり、顔をしかめてそそくさと店の中へ逃げてしまいます。
「……何やってんだよ?」
「い、いやあ、ちょっとなんちゅうか、ほら、街の雰囲気に馴染んだほうがいいかと思ってのう」
しどろもどろで弁解するする博士。と、その時でした。
「ワニの兄さん、いいペンダントだねえ。ウチの店で、よく見せてくれないか?」
突然、二人の背後で声がしました。
ぎくりとして振り返ると、人のよさそうなおじさんがニコニコしながら至近距離に立っています。いつ近付いてきたのか、二人ともまったく気付くことができませんでした。完全に背中を取られたのです。
「さ、こっちだよ」
おじさんは狭い路地へと入っていきます。二人もその後に続きます。
路地は人ひとりが通れる程度の幅しかありません。両脇は、ほとんど隙間なく連なる建物の壁が視界を塞いでいました。見えるものはおじさんの後ろ姿と、その前方に延々と伸びる、天井のないトンネルのような風景だけです。
おじさんは平然と歩を進めます。右に曲がり、左に曲がり、石段を数段登って、また降りて、また曲がって……。
やがて、博士とクロコディウスがすっかり方向感感覚を失い、自分たちがどのあたりにいるのか判らなくなったころ、おじさんはとある建物の前で止まりました。
「ここだよ」
周囲の建物と同じような、なんの変哲もない建物です。おじさんはその建物の扉を、普通のノックとは違う変則的なリズムで数回叩きました。それに呼応して、内側から扉が開きます。
「さあどうぞ。入って入って」
二人は背中を押されるようにして、建物内へと入ります。背後で扉が閉まり、鍵がかかる音が聞こえました。
建物の中は、酒場のような造りでした。蒸し暑く、煙草の匂いが充満しています。
いかにも『俺たちはゴロツキです』と言わんばかりな風体の男女が数人、煙草をふかしたり、テーブルを囲んでカードをやったりしています。
おじさんはそちらには近付かず、奥の扉へと二人を案内しました。今度は普通にノックをして扉を開け、二人を招き入れます。こちらの部屋は打って変わって、書斎風の造りになっていました。おじさんは扉の傍に控えると、二人に声を掛けます。
「ギルドマスター、ジェムズだ。死にたくなかったら、ヤンチャなことはしないほうがいいよ」
「イザンハートのペンダントをつけてるそうだな。そろそろ来ると思ってたぜ」
ジェムズと呼ばれた人物は、狼の顔をした獣人でした。黒い毛並みの、引き締まった体つきのワーウルフです。海千山千の修羅場を潜ってきたのでしょう、なんともいえない凄味がありました。
「異世界から来た正義の勇者ってのはお前か。本当にワニの獣人なんだな」
「チッ、俺のことまで全部、調べがついてるってわけかよ」
「ここは盗賊ギルドだからな。大抵のことは判ってんだよ。第三親衛隊がグレミオ・エルバールを探してることも、イザンハートの部下が珍しくミスったこともな。グレミオの情報が欲しいんだろう?」
「イザンハートから書簡を預かっておるのじゃ。まずはこれを読んでもらいたい」
博士が書簡を取り出すと、おじさんがそれを受け取り、ジェムズに手渡します。扉の傍にいたはずなのに、いつの間にか博士のすぐ横に立っていたのでした。
書簡を読み終えたジェムズが、顔を上げて博士とクロコディウスを見ます。
「一時休戦の提案だ。条件は、ほぼ妥当なとこか。お前らは知らんだろうが、イザンハートは切れ者でな。二年前にあいつが第三親衛隊の隊長になってから、こっちはいろいろと旗色が悪いんだよ。これなら飲める条件だ。ただし……」
「なんだよ?」
「問題はお前らだ。本当にお前らに肩入れしてもいいか、テストさせてもらうぜ」
ジェムズはおじさんに言いました。
「エド、ビアンカを呼んできてくれ」
おじさんはエドと呼ばれているようです。頷くと、部屋から出ていきました。ジェムズが顎をしゃくって、椅子に座るように勧めます。博士とクロコディウスが座ると、再び話し始めました。
「最近、貴族や金持ち連中の間で趣味の悪い遊びが流行り始めてな。要はペットを飼うんだが、犬や猫じゃねえ。珍しいモンスターを捕獲して、自宅の地下室なんかに檻を作ってそこで飼ってるんだ。そうして、時々集まっては品評会をやってるんだぜ。聞いただけで頭おかしいと思うだろ?」
「ああ。イカレてるな」
「街なかに逃げたら大参事じゃぞ」
「案の定、問題が起きた。モンスターの輸送中に、というか密輸中に、だがな。王都のすぐ北の森で、輸送馬車が狼に襲われてモンスターが一匹逃げたらしい。公にはできないから、軍には頼めない。で、なんとかしてくれと盗賊ギルドに話が回ってきた。逃げたのはグリフォンだそうだ。そいつを生け捕りにしてきな。方法は任せるが、表沙汰にならんようにしろよ」
ジェムズがここまで話したところで、ドアが開きました。エドともう一人、人間の若い女性が入ってきます。
女性は十七、八歳といったところです。くりくりとした、好奇心の強そうな目をしています。肩くらいまでの長さの栗色の髪を、後ろで一つに束ねていました。女性にしては背が高めで、全体的にひょろりとした体型です。
「ジェムズおじさん、来たよ。って、あ、ワニだ! すごーい!」
ジェムズは顔をしかめました。
「ここではマスターと呼べって言ってるだろうが」
女性はほとんど気にもとめていないようで、アハハと笑いました。
「ごめーん。で、用事は?」
「アリゲイト博士とクロコディウスだ。例のグリフォンの件、こいつらに任せる。お前、一緒に行って手伝え」
「おっけ」
ジェムズは続いて、博士とクロコディウスに向き直ります。
「こいつはビアンカだ。薬師で、資格は持ってないが医術も少しかじってる。北の森に詳しい。報告係として同行させる」
「断る自由はねえんだろ」
「そういうことだ」
「よろしくね、博士とクロっち。でも、どうやって捕まえるつもり?」
「今度はクロっち呼ばわりかよ、ったく。向こうの世界で、グリフォン捕獲の仕事はやったことがある。ワラを詰めたバックパック、鏡、ロープ、それに投網を用意しといてくれ」
情報入手のためとはいえ、妙な仕事を押し付けられてしまった二人でした。
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