第24話 隊長イザンハート

 それから五日間が過ぎました。アリゲイト博士とクロコディウスの二人は、城内見物と王都の観光、それに、お給仕つきの豪華なご馳走の消化に明け暮れました。


 残念ながら、第三親衛隊からの報告はまだありません。すぐにでも出立したそうなクロコディウスでしたが、あてもなく広い大陸中を探し回るのは不可能です。結局、英気を養いつつ、確たる情報を待つしかないのでした。


「やっぱよぉ、美味いご馳走ってのは、たまに食うから美味いんだな。高級料理はもう、十年分ぐらい食っちまったよ。村の酒場の安酒が懐かしいぜ」

「なんちゅう贅沢なことを言うんじゃ。ありがたいことではないか。とはいえ、食っちゃ寝して待つしかないのは確かに気が揉めるのう」


 芳しくない報告がもたらされたのは、六日目の朝のことでした。


 侍女に案内されてやってきた城内の一室には、すでに女王と、もう一人、エルフの男性がいました。男性の身長は博士より少し低いくらい、エルフとしては小柄なほうです。エルフらしい細身の体型ですが、きびきびとした俊敏そうな身のこなしと鋭い目つきから、只者ではないことが一目でわかります。


 男性は平服で、鎧兜の類は身につけていません。ただ、左の腰には細身の剣を下げています。繊細な装飾の施された鞘に収まったそれは、エルフが好んで使う刺突剣でした。


 男はクロコディウスを見て、明らかに警戒の色を強めたようです。女王とクロコディウスの間に割り込むような位置へと、まったく無駄のない動きでさりげなく数歩移動しました。その様子を見た女王が、男性に向かってやんわりと声をかけます。


「大丈夫です。彼は信用できます」

「……失礼しました」


 女王が声をかけると、男は軽く頭を下げました。もちろん、警戒を解くそぶりはありません。


「第三親衛隊隊長、イザンハートと申す。お見知りおきを」

「魔法学院元教授のアリゲイトじゃ。こっちは異世界から来たクロコディウス」

「聞き及んでおります」


 形ばかりの挨拶を済ませると、すぐに女王は本題に入ります。


「イザンハート、先ほどの報告を彼らにもお願いします」

「重要機密をこの者たちに聞かせるおつもりですか?」

「わたくしは両名を信じています。どうか、信じてください」

「……女王の命とあらば是非もありません」


 イザンハートは二人を、主にクロコディウスをですが、睨むような鋭い視線で見やると、軽くため息をつきました。それから、不承不承といったふうに話し始めました。


「サウスロックに放っていた私の部下二名が、消息を絶った。捕らわれたか殺されたか、詳細は不明だ。だが、グレミオの件が絡んでいる可能性は高いだろう」


 サウスロックは王国の南西部、中央山脈にほど近い位置にある中堅都市です。付近には、中央山脈を抜けて隣国トゥナリーへと通じる山越えルートがあります。


「まさか、トゥナリーへ逃亡したと?」

「前後の経緯から推測して、むしろ逆だと見ている。トゥナリーに潜伏していたグレミオが、事を起こすべく我が国へ戻って来たのではないかとな。だが、確証がない。われら第三親衛隊は不覚にも隙を突かれ、後手に回ってしまった。恥ずかしい限りだが、それが事実だ。全力を尽くすが、挽回には時間がかかるだろう」


 イザンハートの口調は、心底悔しそうでした。グレミオ捜索は行き詰まり、仕切り直しを余儀なくされそうです。重い沈黙が、部屋を支配しました。






 その夜、博士とクロコディウスの部屋の扉がノックされました。夜も更け、そろそろ床に着こうかという時間帯です。やってきたのはイザンハートでした。


「一つだけ、情報を得る心当たりがある。ただし、それは……」

「盗賊ギルドじゃな?」


 言い淀んだイザンハートの言葉を、博士が繋ぎます。


「そうだ。彼らの情報収集能力は第三親衛隊に匹敵する。なんらかの情報を持っているだろう。しかしそれは禁じ手だ。統治者たる女王が、非合法組織である盗賊ギルドに協力を要請するなど、決してあってはならない。これは国家としての姿勢、けじめの問題なのだ」

「じゃが、それしかない、と」

「じゃあ、そいつは俺たちが引き受けるぜ」


 クロコディウスが横から口を挟みます。


「俺たちは、国の役人じゃねえから別にいいだろ。そうしねえと、いつまでたっても動けねえよ」


 しかし、イザンハートは首を横に振りました。


「ありがたい申し出だが、貴公ら二人だけに任せることはできん。盗賊ギルドを甘く見るなよ、異界の獣人」

「甘く見るつもりはねえ。向こうの世界にも盗賊ギルドはあったから、どういうもんかは知ってるぜ」

「ならば判るだろう。女王はともかく、私は貴公をまだ信用しきってはいない。ギルドに利用される可能性もある」

「じゃあ、どうすんだよ?」

「……こういうものを用意してきた」


 イザンハートは懐から一通の書簡と、狼をかたどったデザインのペンダントを取り出しました。二つをテーブルの上に並べ、博士のほうへと押しやります。


「私から、盗賊ギルドのマスター、ジェムズへの書簡だ。これを届けて、交渉してほしい。このペンダントを身に付けてイースト・フォートレスへ行けば、向こうから接触してくる」

「おいおい、盗賊ギルドに頭は下げられないって、今言ったばっかりじゃねえかよ?」

「そうだ。だから敢えて女王の許可を得ず、私の独断で事を運ぶ」

「待ちたまえ、それは一歩間違えば裏切りと見做される行為じゃぞ?」


 博士は警告しますが、イザンハートは決然とした表情を崩しません。心は既に決まっているようでした。


「元をただせば第三親衛隊の失態だ。私が責任を負うべき事案だ」

「……」

「クロコディウス、私は貴公を信用していないと言った。それは本心だ。だが、状況を冷静に考えたとき、貴公を信じて託さざるを得ない、他に方法がない、という結論に至った。どうか、よろしく頼みます」


 苦渋に満ちた表情で語り終えると、イザンハートは二人に向かい、深く頭を下げたのでした。






「第三親衛隊隊長イザンハート、名前だけは聞いておったが、なかなかの人物じゃのう」


 ベッドに横になりながら、博士が呟きました。隣のベッドから、クロコディウスの返事が返ってきます。


「ああ。あいつは、俺を見て警戒した。俺を見て警戒するやつは、まともなやつだ」

「確かにそうじゃな」

「もう寝ようぜ。明日はイースト・フォートレスだ」


 三十分もしないうちに、二人分の寝息が聞こえてきます。二人の心は既に、噂のイースト・フォートレスへと向かっているのでした。

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