第23話 会見、その後

 会見の最後に、女王は腕章を取り出して二人に手渡しました。紺の地に、王家の象徴であるペガサスの図柄が銀色であしらわれています。


「これをお渡ししておきますね。賓客用の腕章ですから、これを見せれば城内、城外に自由に出入りできます。この部屋は自由にお使いくださいね。それから、御用のときはあれをお使いになって」


 女王は部屋の隅に取り付けられた呼び鈴を指し示しました。


「陛下自ら、こんなもてなしをなさるとは。恐れ多いことです」


 恐縮する博士に、女王が悪戯っぽく微笑みます。


「女王だって、たまにはいいじゃありませんか。わたくしは尊敬する恩師と新しい友人に、気持ち良く過ごしてほしいだけですよ。城内は、会議などで使用中の部屋と王族や侍女の私室以外は自由に見ていただいて構いません」


「お、いいねえ。この城、なんかすげえキレイだよな」


「ええ、わたくしもこの城が大好きです。ただし、庭園の噴水で水浴びするのは止めてくださいね、ふふふ」


「聞いたか? 噴水で水浴びはダメなんだぞ。気をつけろよ博士」


「わしはそんなことせんわい。今のはお前に向けた注意じゃろうが。だいだい、なんで女王陛下とそんな友達みたいに会話しとるんじゃ。敬意を払わんか、まったく」


 女王は口元に手を当てて、本当に楽しそうに笑いました。彼女にとっても、女王としての使命と重圧を忘れられる、束の間のひとときだったのかもしれません。






 閑話休題。


 その夜のことです。


 ヴィジンダナ女王の私室では、女王ともう一人の女性が向かい合って座り、ミルクティーを飲みながら話に花を咲かせていました。


 向かいに座った女性は、女王よりも年上です。エルフの女性は歳を重ねても若々しさと美しさを保つことが多いので判りにくいのですが、落ち着いた物腰から、女王よりも人生経験が長いことが見てとれます。

 まあ、レディに対して年齢をしつこく詮索するのは失礼というものでしょう。


 それ以外の点では、女性は女王と実によく似ていました。金髪、瞳の色、整った顔立ち、そして全身から溢れるような高貴で上品な雰囲気。


 この女性こそ、前王の妃にしてヴィジンダナ女王の実母、賢国母として貴族からも国民からも尊敬を集める、ウルワシア王太后なのでした。


 王太后は、政治の表舞台には決して顔を出しません。しかし、言うまでもなく王太后は女王の最高の理解者であり、最も信頼できる相談役、最良の助言者として、若い女王を支えているのです。


 今夜のような夜のお茶会は、母娘が周囲を気にせず自由に語り合える、とても大事な時間なのでした。


 そして今日一番の話題はといえば、それはもちろん、あの二人のことです。


「それで、どうだった? ワニだと聞いたけれど?」

「ええ。ワニさんでしたわ。なんていうか……ワニさんでした」

「そう」

「でも、良いワニさんなんじゃないかしら。社交のマナーはご存知ないようだったけれど、知能はあるし、凶暴ではなさそう。それに、先生がとても信頼してらしたわ」

「いずれにせよ、力を借りることになるわねえ」

「はい。それと、グレミオの件が決着したら、国民にも伝えようと思います。混沌の時代が始まったことを」

「そうね。隠しておくことはできないし、隠すべきではないわ」

「ええ。避けられないことです」


 天下国家の話はここまで、と思ったのでしょう。王太后様は話題を変えました。


「そういえば、アリゲイト君は元気にしてた?」

「お元気でしたわ。教授時代と全然お変わりなくて」

「精霊統御箱を見たら喜んだでしょ?」

「もう子供みたいに夢中。わたくしの声に気付かなかったくらいですもの」

「ふふ、彼らしいわねえ」

「確か、お母様と先生は先輩後輩だったのよね?」

「そうよ。魔法学院でね」


 王太后様は何かを思い出したように、くすりと微笑みました。


「お母様、どうなさったの?」

「魔法学院時代のことを思い出したの。これ、誰にも内緒なんだけれどね」

「なに?」

「ふふ、学生時代にね、アリゲイト君、わたしに恋文をくれたことがあったのよ」

「ええっ!?」


 ヴィジンダナ女王は、驚いて目を丸くしました。思わず上げた声も大きくなります。


「大半の学生は、わたしが卒業したらすぐにお父様と結婚すると知っていたの。けどアリゲイト君は、そういうゴシップ的なことに興味がなかったから知らなかったのねえ。わたしが生きてきた長い年月の中で、たった一度だけ貰った恋文よ」

「想像もできないわ。それで、どうなったの?」

「当時はお父様のことしか見えてなかったから、当たりさわりのない断り方をして、恋文も開封せずに返したの。今になって思えば、彼がどんな愛の言葉を書いたのか、読んでみたい気もするわね」

「そんなお話、初めて聞いたわ」

「そりゃあ、内緒ですもの」

「……ねえお母様、もし、お父様のことがなかったら、先生と……」

「それは無いわね」

「あら、そんなに即答したら先生かわいそう」

「だって、あのアリゲイト君よ? ふふふ」

「うふふ」


 窓外の夏の夜空を背景に、なごやかに笑い合うエルフの母娘。その様子はさながら、美しい一枚の絵画のようでした。

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