第22話 会見 2

 ここで、博士が一つ咳払いをしました。


 クロコディウスが起き上がったのを、話を始めるチャンスと見たようです。放っておくと、女王の御前で何をしでかすかわかりません。


「礼など、勿体無いことです女王陛下。さて、さっそくですが本題に」

「そうですね。先生の手紙は読みました。難しい状況になってきたと理解しています」


 女王は表情を曇らせます。


「このクロコディウスには、まだ詳しいことは話しておりませぬ。ですが、これまでの行動を見るに、この者は信頼に足ると考えております。決して、この状況を利用して私欲を満たそうと企むことはないでしょう。すべてをお話しになり、この異世界の戦士に助力を請うべきと考えます」


 博士の進言に、ヴィジンダナ女王は深く頷きました。憂いに曇った顔が、少し和らぎました。


「お二人は、短期間のうちにとても良い関係を築いたのですね。羨ましいほどです。よろしい。アリゲイト博士、わたくしはあなたへの信頼と同等の信頼を、クロコディウス様に与えましょう。包み隠さず、すべてを話して差し上げてください。王国と魔法学院の体面への斟酌は無用です」


 博士は女王に一礼すると、クロコディウスに向き合いました。


「女王の許可をいただいた。約束通り、すべて話すとしよう」

「ああ」


 こうして博士は、話を始めました。


「そなたを召喚する一か月前のことじゃ。魔法学院で、極めて重大な盗難事件が発生した。盗まれたものは二つ。一つ目は、禁忌のアミュレットと呼ばれる魔法のアミュレットじゃ。これを身に帯びる者は、この世界の何者からも傷つけられることはない、という恐ろしく強力な品でな。ファンタジア建国戦争のときに、我が国の初代国王となった人物に献上されたと伝承にある。だが、その恐るべき力を身をもって知った国王自らが禁忌とし、使用を固く禁じて魔法学院の地下の一室に封印したのじゃ」


「そんなアイテムを使わないとは勿体ねえな。やりたい放題、無敵じゃねえかよ」


「そう、まさに今のそなたのように考える者がほとんどだから、王は危険を感じたのじゃ。人々を力への欲望に溺れさせる品だとな。そして、『無敵の者』などという存在は、世の摂理に反すると思し召したのかもしれん」


「今、俺のこと軽くバカにしただろ。まあいいけどよ。二つ目は?」


「わしが長年研究した、異世界召喚術の研究資料一式じゃ」


「俺を召喚したアレだな。アミュレットとずいぶん重みが違うな、おい」


「犯人にとっては、そっちは自己満足のための『いやがらせ』だったのじゃろう」


「犯人は判ってるのかよ?」


「うむ。わしの元同僚、魔法学院教授のグレミオ・エルバールという男じゃ。わしと同じく、魔法の素質に恵まれなかった学者じゃよ。アミュレットを持って逃げるところを目撃されておる。中級貴族の出身だったが権力志向の強い男で、いつか新国家を打ち建てて自分が王になるのだ、などと真顔で話すようなやつだった。時代の変わり目に乗じて、妄想を実現しようと考えたのじゃろう」


「身内の犯行かよ。よくある話だけど、ひでえな」


「お恥ずかしい限りです。学院も、監督する立場の王国も、すっかり平和な世の中に慣れて油断していたとしか言いようがありません」


 女王が悲しそうな声で口を挟みました。


「わしとは常に意見が合わなくてな。それで盗みついでの腹いせ嫌がらせに、わしの研究も持ち去ったのじゃろう。あやつは、そういうしょっぱいことをする性格なんじゃ」


 普段は温厚で紳士然としたアリゲイト博士ですが、このグレミオ・エルバールという人物とは相当に相性が悪いようです。ずいぶんと辛辣に、こき下ろしています。


「事態を重くみた陛下が、引退してイナカン村に引っ込んだわしに相談なされたのじゃ。表沙汰にすれば、魔法学院と王国の権威が致命的に損なわれるからのう」


「なんとなく判ってきたぜ。そのアミュレットの効果、『この世界の何者からも』ってのがミソだな?」


「そのとおり。無敵を約束するはずのその一言が、逆に突破口なのじゃ。異世界から来たお前なら、グレミオを討伐できる」


「ですがこれらはすべて、わたくしたち、この世界に生きる者の都合です。自分たちの都合だけで、クロコディウス様を問答無用で召喚してしまったのです。そして、それを命じたのは女王たるわたくしです。身勝手をお許しください」


「その点についちゃあ、博士と話がついてるから気にしないでくれ。俺はこの世界で正義の勇者になると決めたんだからよ。それに、こういう話は嫌いじゃねえぜ。ギャンブルは、少し分の悪いほうが面白いってもんよ。さっそく、作戦会議といこうじゃねえか」


「事件以降、王家直属の諜報部隊である第三親衛隊がエルバールの行方を極秘で追っていますが、消息不明です」


「細心の注意を払って身を潜め、タイミングを計っているのでしょうな。こういう企み事は、混沌の時代に入ってから事を起こすほうが成功する確率が高いですから。だが早晩、あやつも時代が変わったことに気付くでしょう。そして動くはず」


「その時すぐにこっちも動くってわけだな。へっへっへ、楽しくなってきたぞ。狩りの前みたいにワクワクするぜ!」


「……国の重大事じゃぞ。その点、忘れんでくれよ」


 妙な方向にテンションが上がったクロコディウスに、一本クギを刺す博士。そんな二人のやりとりを、女王は楽しそうに眺めるのでした。

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